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2022-01-21

透析日記・現状

相性







今年になってまだ一度も透析について書いていないことに気が付いた。
年が明けていよいよ透析も2年半が過ぎようとしている。
透析そのものにすっかり慣れて・・・と書きそうになったが、まだまだ慣れることはできなさそうである。
いつも書いてきたが針を刺す人の技量がありすぎて、下手に当たると呪いたくなる。
どうやら二年以上経験してみてわかったことは、技量の差はその人の患者に対する思いやりもあるが天性のものもあるのではないかと・・・
患者にとって針刺しさえいたくなければ4時間を耐えることはそんなに苦痛ではない。
クリニックに行くとまず今日は誰が針を刺すのか見てしまう。
正直、透析の場合はそこの所だけが関心事なのだ。
患者同士の交流はないし、回診している医師も院長を除いてはバイトの人たちで「お変わりありませんか」と聞くだけだ。
看護師たちともこのご時世なのでほとんど会話もない。

今いる人たちでこの人だけにはやってほしくないという人が3人ほどいる。
一人は若い女性でともかくヤル気がないようで、おざなりである。
一度、上司に注意をするように言ったが届いていないようであった。
もう一人は中年の男性で何か月か休んだりして、自信喪失しているらしく私のような患者には近寄ろうとしない。
そして、3人目は昨年の秋より転勤してきた人だが一応皆を統括する立場の人なのだが、どうも、もたもたしていて、失敗する。
すでに3回失敗して腕に青あざを作られたしまった。
どうやら私との相性が悪く、お互いに緊張して血管が固くなってしまうらしい。
針刺しがクリーアできれば、ほぼ痛みもなく4時間左腕を使えない不便はあるが、テレビを見たり、自分の持ち込んだタブレットで歌謡曲聞いたり、古い映画をみたり・・・今月はちょうど相撲をやっているので2時間ぐらいは勝負を楽しむ。

今は入所当時より針刺しの時間が30分早くなって1時半にはクリニックにつき着替えを済ませて大体2時前後に透析が始まる。
終わりは4時間後であるから6時に針を引く。
そして身支度をしてタクシーで家に帰りつくのが6時45分ごろ。
やはり透析の後はグッタリシテいて口を利くのも嫌になる。

こんな一日おきの生活がずっとつづくのだなぁ・・・



yodaさんの投稿 - 10:18:39 - - トラックバック()

2022-01-20

健康生活・悲観論・楽観論

オミクロン禍







オミクロンの蔓延はとどまるところがないようである。
私のように透析を受ける身にとっては脅威である。
オミクロンに罹っても重篤にはならないようなことが言われているが、私が罹病した場合にはどこか透析を受けることができる病院に入院するしかない。
自宅療養は無理なのである。
ともかく一日おきの透析を受けるために腎クリニックまで行かなければならぬ。
まずは交通の手段がない・・・今はバスで通っているがそれはアウト。
タクシーを頼むわけにもいかない。
それに二人しかいない家族でタカコサンは濃厚接触者となるわけで二人で沈没ということになってしまう。
罹病したことが分かればクリニックにも迷惑が罹るし・・・どうなることやら。
ともかく症状が現れたらすぐにクリニックに連絡するように言われている。
何らかの対応はしてくれると思うがそれは明らかにされていない。

今日の新聞によると八王子の罹病者は159名である。
八王子の人口は約60万人とすると確率からすると3750人に一人ということになる。
3750人の中に我は入るか・・・
毎日の生活を考えると、クリニックに行くだけでその他の場所で人に会うことはない。
誰も訪ねてこないし、会いに行くこともない。
ただ、食料の買い出しに生協に行くけれど他人と接触するのは支払いの時だけである。
店内に入る時には手の消毒はする・・・帰ってきて家の玄関でも消毒。
以前は手を洗うという習慣はない野蛮人であったが今は折り目折り目できちんと手を洗っている。
ともかく、必要最低限の人との接触である。
今日から八王子はワクチン接種の通知を発送するそうだが、それを待つしかないようだ。

それでもなんでも罹病したとなるとそれは運が悪いとしか言いようがない。
天命だと思って従うしかないであろう。

ともかくなるべく他人には迷惑をかけたくないものだ。







yodaさんの投稿 - 16:25:16 - - トラックバック()

2022-01-19

季節だより花だより・春を探しに

櫻・椿







昨日は午後から春を探しに行ってきた。
わが家の玄関は正月以来春爛漫である。
暮れに頂いた啓翁桜が今も咲き続けているのだ。
チラリホラリと散り始めているらしいのだが散った花びらを確認できない。
変わりに若葉が出始めて淡い桜色と薄緑の出たばかりの葉の色とがコントラストをなしてえも言われない風情である。
もうすぐ春がやってくる予感のようなものを感じる。

外に出て簡単散歩コースを歩いてみた。
空は青く高く、北側の雲がゆっくりと東へと動いていく。
残念ながら多摩丘陵の雑木林には春の気配は全くない。
すべてが朽ち葉色に染められて、木々の枝が青天に向かってすっくと経っている。
その姿は青の中に鋭い剣を突き上げているように見えて雄々しい。
5分ほど歩くと公園に至るが、人っ子一人いない。
寒々しく遊具だけが人を待っているようである。
公園の樹々もまだ冬の色で時折気まぐれに吹く北風に寒そうに揺れている。
サクラの大樹が10本ほどあり季節には爛漫の花の宴となる。
手の届く枝に腕を伸ばして蕾の様子を見た。
まだ固く固く芽を閉じていたが、かすかに蕾の先に淡い桜色が見えた。
春の予兆のようでなんだかうれしくなった。

公園を出てしばらく歩くと、庭先に藪椿が咲いているお宅があった。
開いているのは一輪だけだが、後続もあるようだ。
この花を見るたびに・・・ぽとりと落ちる不吉花と祖母が嫌っていたことを思い出す。
けれど枯れ葉いろ一色の中に艶やかな濃い緑の葉の中に血の色にも似た椿の花の色は嫌いではない。
何か生と境目に咲く花のように思えてならないのだ。
万物がよみがえるさきがけの花かもしれない。

藪椿の赤もいいがこれから咲いてくるに違いない「侘助」の淡い花の色も捨てがたい。
あとひと月もすればわが家の侘助も目を覚ましてくれるだろ。

それまでにこの花にあう花入れでも作ろうか・・・






yodaさんの投稿 - 10:53:03 - - トラックバック()

2022-01-18

健康生活・血糖

検査結果






午前中、風もないのに厳しい寒さだった。
それでも今月初めに採血したその結果をもってかかりつけのクリニックに行かねばならなかった。
私の場合は採血とその検査は月に2回腎クリニックがやってくれて、その診断は腎クリの院長がやってくれるのだが、糖尿病もあるので専門医の診断を受けなければならない。
幸いわが家の近くのクリニックの医者は東海大で糖尿病専門の診断をしているので主治医のようになっている。
彼は昨年父親のクリニックを継いで内科や皮膚科なども診ている。
腎クリでの院長の診断では糖尿の数値に関しては「まぁ、これくらいならいいでしょう」と言っていたが、専門医となると厳しい。
数値的には12月よりもちょっと上がっただけなのだが、「せっかく良い方向に行っていたのに…やはり食べ物ですね」と言った。

この検査はちょうど12月半ば過ぎから1月の半ばぐらいの結果であって、クリスマスや正月がかかっている。
タカコサンと二人だけの老夫婦なので特に何か特別な料理を作ったり美味しいものを食べたわけでもないのにやはり気のゆるみがあったに違いない。
多分・・・お餅ではないだろうか。
戦中、戦後に子供時代を過ごした身にはやはりハレの日の食べもとして餅がナンバー1である。
今の時代はパック餅なるものを売っていて、ハレの食べ物でも何でもなくなってしまったが、私は正月くらいはちゃんと臼で搗いた餅が食べたい。
ブログにも書いたが、わざわざ退職前に勤めていた南平小学校の近くの和菓子屋まで賃餅を頼みに行って求めてきた。

加えてこのところ煎餅にはまっていて富山の白エビ煎餅や、相模原市の「原当麻」にある風林堂という煎餅専門店からお取り寄せして小腹のすいたときに食べている。
特に好きなのはザラメをまぶしている甘辛い煎餅だ。
この店は義母が入所していた施設の近くにありタカコサンのお気に入りなのだ。
もう一つ今まであまり食べなかったのに・・・ポテチにもはまっていて常備している。

このところアンコ系や洋菓子系はほとんど食べていないが「ツケ」はチャンと検査の結果に出ているようだ。
確かに、昨日の電話でブログを読んでくれているYさんの指摘通り食べすぎだなぁ・・・
餅はすでに無くなったので今日から「ポテチと煎餅断ち」としよう。


yodaさんの投稿 - 17:52:16 - - トラックバック()

2022-01-17

かたくら通信・ブログの効用

選り抜きサザエさん







近くの生協に行くと良く会っていたY夫妻とバッタリ会わなくなった。
Y夫妻は奥様の方が私が嘱託で勤めていた学校でご一緒した。
たまたま私の住む片倉台の地続きで北野台というお隣の住宅地に住んでおられる。
ご夫妻はいつも行動を共にしておられて、いつの間にか夫君の方とも親しく口を利くようになった。
夫君はご同業ではなく普通の会社員のようだった・・・もちろん今はリタイヤしている。

夫君と私とでは共通の趣味があって何回か会っているうちに親しくさせてもらうようになった。
それは読書である・・・堅苦しい文学作品などではなく、主に歴史小説を愛好している。
好きな作家も同じで、読み終わった本を回してくれる。
通っている本屋も同じで、バッタリ会ったこともあった。

そんな彼ら夫妻とこの半年ほど、ほとんど交流がなかった。
おそらく、コロナ禍のさ中なのでお互い敬遠していたのかもしれない。
それでも仲たがいをしたわけでもないので電話をしてみた。
こちらが名乗るとすぐに分かったみたいだ。
そしていきなり
「依田さん食べすぎだよ。」と言われてしまった。
つい最近、「白菜鍋」のことを書いていたのでそれを言っているらしい。
実はわがブログは毎日書くとなるとネタ切れになることもあり、そのような時には食物ネタで逃げるのだ。

そこで、奥様と代わって、
「毎日夫婦でブログを読んでいるのでお久しぶりなんて感じがしないのよ。元気そうで安心しているところ・・・ついさっきも依田さんのことを話していたところなのよ。」
どうやら読者は私の事情をほとんど知っているが、私は相手の日日など知りようもない。
もし、コメント欄を解禁すれば読者との交流もできることは分かっているけれど、一時期、悪戯のコメントが入って往生したのでコメント欄は閉鎖にしてしまったのだ。

先日、「生存確認」という文章を書いたが、自分としてはそれでいいと思っている。
けれど、17年も書き続けた文章をこのまま朽ちはてさてしまうのも惜しい気がする。
幸い、カテゴリーごとに書いているので、それを独立させれば何か筋の通ったまとまりになるかもしれない。
もし、余剰のお金でもあったら「選り抜きサザエさん」のようにしてみるか…と時々考えたりする。
まぁ・・・それほど価値のある文章とも思わないけれど・・・


yodaさんの投稿 - 09:57:34 - - トラックバック()
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