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2021-09-27

八ヶ岳南麓だより・ブドウ狩り

シャインマスカット








八ヶ岳南麓は朝から雨でまるで晩秋のような寒さだった。
ストーブをつけて暖を取ったが一日こんな空模様の気配だった。
外に出ることもままならずお昼過ぎまで部屋で読書をしていた。
昼食は昨夜のホウトウで済ませたが・・・実は一晩おいて煮凝りの様になったホウトウは嫌いではない。
一時半の予約でタクシーに迎えに来てもらって、2時7分の小淵沢発塩山行きに乗り、甲府の一つ手前の竜王で降りて姉に迎えに来てもらった。
お目当ては姉の果樹園でのブドウ狩り(と言ってもすでにもいであるものをもらって来る)
姉は私よりも2歳上で今年の12月に83歳となるが元気溌剌で今も現役で働いている。
果樹園の事務一切(ブドウ狩りの接客、帳簿管理、季節の果物類の出荷などなど)
加えて家事もこなし、果樹園で働く人たちの統括も。
車の運転も現役で遠出はしないが駅までの送迎ぐらいはこなし、買い物なども車で行く。
運転免許の返納はと言ったら、この地での生活は車無しでは成り立たないと言っていた。

実は今年は果物の収穫が早く、今月いっぱいでブドウ狩りは終わりだと言っていた。
それでも今の主力の商品であるシャインマスカットはまだあるそうでそれを目当てにお客が来てくれるのだそうだ。
そぼ降る雨の中、果樹園の駐車場には何台かの車が停まっていた。
そのシャインマスカットであるがこの数年彗星のように現れたブドウで何種かのブドウの交雑種で今あるブドウの王様と言っても過言ではない。
まず味は・・。ともかく甘い、そして皮ごと食べられてジューシーである。
種がないのも人気の所以であるが、難点は値段が高い。
普通の房でもひと房に1500円ぐらいの値が付く。
贈答用に大事に育てられたモノは化粧箱に入ってひと房5000円ぐらいはする。
私的にはもう少し酸味があっても良いと思うのだが・・・姉の所では40種類ぐらいのブドウを作っていて、このブドウをしのぐようなモノもあるが少数なので流行りとはならない。
義兄の言うにはこの苗が中国に流失していて早晩、安価なシャインが逆輸入されるかもしれないとのことだった。

姉は数種のブドウとシャインを箱詰めにして持たしてくれた。
姉の所では5月半ばからサクランボの収穫が始まり6月半ばにモモとなり、8月半ばからブドウとなる。
姉が嫁いで50余年になるがずっと旬の美味しい果物を食べさせてもらっている。
いろいろな贈答も姉の所の果物を送らせてもらっている。
感謝、感謝である。






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2021-09-26

八ヶ岳南麓だより・ほうとう

可も無し不可もなし







甲州名物といえば「ほうとう」の名前がまずあがる。
けれど、わたしが甲府にいた頃、昭和30年代にはまだ「ほうとう」を食べさせる店などなかった。
ほうとうは各家庭で作って食べる普通の食事だったのだ。
それぞれの家に流儀があって、味も違っていた。
ただ共通していたのは、自宅で打った太めの麺でうどんのように茹でることなくそのまま汁に入れて煮込む。
汁は味噌仕立てで具材は家によってそれぞれ。
「うまいもんだよカボチャのほうとう」という俗謡のような言葉があるが、カボチャは入れていたようだ。
我が家ではサトイモと大根を入れるのが定番でその他にんじん、白菜、ジャガイモなど季節の野菜を入れていた。
ちょっと豪華版にする場合は油揚げなども入れたが肉の類は入れなかった。
精進料理に近い位置づけだったようである。

わが故郷の身延町切石では「ほうとう」と言わず、「のしいれ」といっていた。
小麦粉を練って薄く延ばしそれを細く切ってウドン状にして汁にいれる・・・のしたものを入れるから「のしいれ」単純明快な名前である。
大抵、祖母が麺を打っていたが・・・母は嫁に来るまでは麺うちなど知らなかったようだ。
祖母の直伝で甲府に出てきてからもメニューの中に入っていた。
「ほうとう」の変り種として、「あずきぼうとう」というのがあった。
粒餡の汁粉の中に打った麺を入れるのである。
けれど、私の子ども時代には砂糖がほとんど無かったので、塩味のお汁粉でさすがにそれは辟易した。

さて、昨夜のほうとうの出来栄えであるが・・・可も無く不可もなし。
汁に入れる具材にサトイモ、大根がなかったこと。
ジゴボウは水で洗ってつけておいたら、エキスのようなモノが染み出してしまってどうやら味が半減してしまったようだった。
結局、カボチャとジャガイモと干ししいたけとジゴボウの汁になったが、出汁にする煮干なども無く削りぶしを使ったがコクが出なかった。
加えてほうとうについてきた味噌が化学調味料が使ってあるらしく後味が悪かった。
タカコサンはほとんど食べなかった・・・ひとなべ作ったので今日のお昼もほうとうである。

せっかくジゴボウが手に入ったのに惜しいことをした。






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2021-09-25

八ヶ岳南麓だより・高原の秋









二ヶ月ぶりの山荘行きである。
今年の夏はいろいろ重なって来る事が出来なかったが、天気も落ち着いたので出かけてきた。
小淵沢まで特急に乗り到着が11時50分だった。
すぐにタクシーで三分一湧水まで行き、ここで昼食をとった。
三分一湧水は八ヶ岳の伏流水が湧き出ているところで、公園として整備され、観光名所にもなっている。
そしてこの八ヶ岳の湧水で打つお蕎麦が目当てでこのところ大抵ここで昼食をとる。
今日は土曜日のせいか車が多く停まっていたが蕎麦屋は10分ほど待って名前をよばれた。
ディスタンスがちゃんと取られていて入店の際の消毒も守られている。
子ども連れが多かったけれど、ルールを守って食べていた。
ただ、犬連れが多く店の外ではワンワン・キャンキャンとうるさい。
私は鴨南そば、タカコサンは日替わり定食を頼んだ。
ここの蕎麦は土地のそば粉を使い手打ちである。
出汁もちゃんと取っていて東京の名店に引けを取らない
蕎麦屋の隣には物産館があり新鮮な野菜などが手に入る。
蕎麦屋から山荘までは歩いて10分ほどである。

八王子を出てくる時には小雨が降っていたが、八ヶ岳南麓は高く高く晴れ上がっていた。
荷物を背負って、夕食の食材を手に持って物産館を出ると空気が違っている。
「爽」という字がぴったりとする・・・胸いっぱい空気を吸い込んだ。
道々、コスモスの一群れがそこここにあり風に揺れている。
畑には蕎麦が植えられていて、花が終り実を付け始めている。

今回の山荘行きにはたくらみがあった。
久しぶりに「ほうとう」を作ることだった。
ただ、材料となる野菜類が全部は手に入らなかったけれどお目当ては庭先の「ジゴボウ」
この時期だけに生えるキノコでヌメヌメとしていて別名を鼻猪口(はないぐち)
ナメコの親玉のようなキノコで猪の鼻を連想させるのかもしれない・・・
これが良い出汁を出すのだ・・・今回はカボチャとジャガイモとしいたけだけで作る。
山荘について荷物を置いてすぐに探索・・・この何日か八ヶ岳南麓はお天気が続いたらしく得物はたくさんは見つからなかったが今夜の「ほうとう」には十分である。

この時期のもうひとつの楽しみは栗拾いであるが、今年はまだ新しいイガが落ちている気配が無かった。
もしかすると不作なのかそれともまだ時期が早いのか・・・



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2021-09-24

かたくら通信・昭和回顧

朝散歩







天気が落ち着いてきたのでまた朝散歩を再開した。
朝食をすませて8時半頃から30分ほど家のご近所を回ってくる。
以前、犬の散歩で歩いたショートコースなのだが歩数にすれば2500歩程である。
この時間帯になると町内は静まり返っていて、人っ子一人歩いていない。
従ってマスクの着用はほとんどしなくても済む。
夏の名残のような日差しが多少暑いけれど小汗をかくくらいでちょうどよい。
歩きながら家々の庭先の花々を眺めたり、時には落ち栗を拾ったりする。

気が付いたことだが、今年の生り物は小ぶりである。
特に落ち栗は小指の先ほどしかない・・・例年だと親指の先ほどは有るのに・・・・
柿の実なども何となく小ぶりで色付きはじめている。
わが家には生り物はナツメの木があるけれど、今年はなりも悪く実も小さい。
年によって生り年があるようだが今年は生りが悪い年に当たったのか・・・

時々、公園の近くで犬の散歩をしている人に会うが、いろいろな犬種がいるのに驚く。
まるでヌイグルミが歩いているような可愛らしい犬が多いが、私が飼っていた頃の野合による雑種など見当たらない。
その扱いは家族同様で、もしかすると自分の子よりも可愛がっているかもしれない。
乳母車にのせて日除けをつけて・・・あれは散歩とは言えないだろう。

もう一つ驚くのは、家々の車の多さである。
新築の家は殆どガレージが二台分取っている。
その代わり、庭などほとんどなく狭いスペースとなっている。
私が子どもの頃は自家用車など夢の又夢で、「アメリカでは一家に一台車がある」と聞いて驚いたものである。
大通りをトラックが走ったりすると追いかけて排気ガスのニオイを嗅いだものだ。
モノを運ぶ交通手段は荷馬車でのんびりと走っていたので遊びとして御者に分からないように荷台の後ろに乗ったりした。
牛車も走っていて。それは大抵、残飯集めの車かオワイ屋さんの車だった。
鈴を鳴らしながらやってきて残飯を集めそれは豚の餌になった。

交通手段は自転車で子ども用の自転車など買ってもらえないので大人用の自転車のサドルの下の三角の部分に足を入れて乗り方を覚えた。
三角乗りと言ったが、初めて乗れた時の喜びは今も忘れない。
小学校4年の時だった。




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2021-09-23

季節だより花だより・秋桜・酔芙蓉

流行り歌







バス停の前のコスモスの花が咲き始めた。
薄紅色と紅色が競うように花びらを揺らせている。
夏の終わりの頃から処処に黄色のコスモス風の花が咲き始めていたが、やはりコスモスは件の色でないと風情がない。
山口百恵が18歳の時に歌った「秋桜」を思わず知らず口ずさんでいた。

薄紅の秋桜(コスモス)が秋の日の 何気ない陽だまりに揺れている
此の頃涙もろくなった母が 庭先で一つ咳をする

コスモスの色と母の情景がメロディーと共に浮かんでくる。
山口は余り情感を込めずに淡々と歌っているのが良い。
またコスモスと書かないで「秋桜」という当て字も良い。
「秋桜」昔からある言葉かと思っていたら、これは作詞作曲の「さだまさし」の命名なのだそうだ。
さだまさしについてはちょっと・・・と思っていたが優れた歌人のようだ。

朝の散歩を再開して、ご近所コースを歩いていたところ、「酔芙蓉」の開花を発見。
朝であるからまだ花は真っ白であるが昨日の花が深紅の花びらを閉じていた。
不思議な花である・・・陽が高くなるにつれ白から紅色に変わり、夕方には深紅となる。
そして一日限りで花の命は終わるのだ。
この花を知ったのは「風の盆恋歌」という高橋治の小説。
舞台は越中おわらの風の盆・・・三日間にわたって胡弓の調べにのせて踊りあかすという盆の踊り。
こちらはドラマにもなり、「風の盆恋歌」という石川さゆりの歌もある。
作詞は「なかにし礼」であるが高橋の小説を下敷きにしている。
小説は中年の男女の恋の物語で風の盆の三日間だけ「おわら」の街で逢瀬を重ねる。
 
  蚊帳の中から花を見る 咲いてはかない酔芙蓉
  若い日の美しい 私を抱いて欲しかった
  しのび逢う恋 風の盆

高橋治は松竹の映画助監督で小津安二郎についたと言われている。
後に小説家に転身して恋愛小説の名手と言われていた今は忘れ去られている。
「風の盆恋歌」は新潮文庫で入手できる。
風の盆が有名になったのは高橋の功績が大だと言われている。
また、おわらの街では「酔芙蓉」を植えるのが流行ったとか・・・



 

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