2021年 10月の過去ログ

2021-10-21

旅だより・福富太郎コレクション展2

軍人の妻






私がこの絵について知ったのは今から30年ほど前の「芸術新潮」誌上だった。
ちょうどその頃、福富太郎がアート・キャバレーという連載を始めていてその第一回ではなかったかと思う。
「軍人の妻」の作者の満谷国四郎は明治の後期から大正に活躍した画家で太平洋洋画会の創設にかかわっている。
本作は明治37年ごろに描かれた作品で日露戦争で戦死した夫の遺品を受け取る妻の姿が描かれている。
この絵は描かれて間もなく行方不明になっていたが、86年ぶりにアメリカで発見されてオークションにかけられる。
福富はこの絵がどうしても欲しくて、当時バブルがはじけて彼の仕事が苦境に立たされていたにもかかわらず10万ドル(当時のレートが1ドル150円ぐらい)で落札する。

私がこの絵に惹かれたのはやはり自分の戦争体験と無縁ではない。
私の子どもの頃、回りに戦争で父親を失った人たちがいて「靖国の子」などと言われた。
しかし、彼らの家族のもとに帰ってきたのは白木の箱に入った遺骨・・・だと言われているが、戦地の土や石ころだった。
友達がそっと見せてくれて・・・なんともいえぬ怒りのようなものを感じた。
以来、靖国などという言葉はまやかしのように思えているのだ。

件の絵の遺品は白木の台の上に乗っているが、軍服と軍帽と軍刀で妻と思しき女性が捧げ持った正面からの姿が描かれている。
バックは焦げ茶色に塗られていてその前に喪服を着た女性の姿が佇んでいる。
顔は伏目がちで口元をキリリと結び悲しみに耐えている表情が読み取れる。
立ち姿は喪服の黒そして襟の白、遺品の載せてある台の白い布が際立っている。
また、着物の裏地の裾が見て取れる。
不遜な言い方だが「女性は喪服姿が一番美しい」と言われているがまさにそれである。
しかし、その表情の中には耐えて耐えて感情を押し殺しているように見えるが顔の一点を針で突いていやったら、その悲しみがほとばしって出てくるように思えた。
そして、実はこの絵の実物を見てみたいと思ったのは、この女性の眼である。
福富はこの絵を見つめているうちに右目の眼もとに一滴の涙が溜まっていることに気づく。
複製画でみても確かに涙のようなものが見える・・・それを確かめたかった。
実際に絵の前の立ってみると今にもこぼれんばかりの涙の一滴が見て取れた。
そして、もっとよく見ると左目にも涙が溜まっているではないか。

実はこの涙の一滴がこの絵に命を与え、観る者に哀しみの深さを伝えているのではないか・・・そしてそこからいろいろな物語が始まっていくように思えた。



yodaさんの投稿 - 11:08:48 - - トラックバック()