2021年 11月の過去ログ

2021-11-07

八ヶ岳南麓だより・旧交

爺と婆








昨日の会では見知った顔は半数ほどだった。
それも皆、70代以上の人ばかりであった。
集まった人の多くは高校時代にハイスクール・YMCAに所属していた人達であった。
戦後まもなくYMCAを母体にして山梨県下の高校生たちが集い、会が創設されその中心となる事業は夏休みに行われるワーク・キャンプだった。
当初は八ヶ岳山麓の開拓村の手伝いだったが昭和30年代から40年代に掛けてわが山荘のある北杜市の瑞垣山山麓にあった天使園という養護施設の開拓の手伝いだった。

最盛時には高校生の参加が100名にもおよび3班に分けてそれぞれ1週間ずつ寝食を共にして勤労奉仕した。
今思うと良くぞ学校が許可し、それぞれの家庭も子どもたちを送り出したものだ。
このワークキャンプの運営は全て高校生に任せられ、オブザーバーとしてOB・OGが関わった。
大人たちは県下の教会の牧師が顔を見せ教師たちが宿泊してもせいぜい一泊二日だった。
1週間のプログラムは全て高校生が立て、食事のまかないもOBがサポートして朝昼晩の献立を考え賄をした。
医療関係はOB。OGのなかに医者の卵や看護師などもいたのでいざというときにはそれらの人が活躍した。

今考えて驚くのは同じ屋根の下に男女が寝泊りした事である。
思春期の子どもたちで今なら風紀のことを考えてしまうが一切その手の間違いは起こらなかった。
後にそのときの淡い思いから結ばれたカップルも在ったがそこには信仰が介在していたようである。

さて、昨日の会で会った人達はこのワークキャンプを介した人達だったが、私の世代の先輩は既にそのほとんどが旅立っていき、同席した同級生のW君、Tさん、私が数少ない大先輩となってしまっていた。
召天の会の大沢先生は大大先輩で、ハイスクール・YMCAの礎を築いた人でもあった。
参加者の多くは後輩といっても皆、充分な爺と婆ばかりで、どちらが先輩なのか分からないような人もいた。
また、連れ合いさんに付き添ってもらって、今生の別れに来ていたような人もいた。
ハイスクールYMCAは昭和40年代後半から急速に衰え、今は跡形もないという。
高等学校の締め付けが厳しくなり、自由の気風も失われ世の中が享楽的になっていった証か・・・・

いずれにしても私にとっては懐かしく、よき青春の日々を思い出させてくれる会であった。
 

yodaさんの投稿 - 11:44:07 - - トラックバック()