2022年 8月の過去ログ

2022-08-12

季節だより風だより・忘れ物

処方箋







昨日は母の命日を忘れたことを書いた。
私だけでなく弟はどうであったか電話してみると、彼も失念したようだった。
「今、お盆さん用の安倍川餅の生産が忙しくて出来上がった餅を配り歩かないとならない」
とのこと、そういう言えば甲府近辺はお盆に安倍川餅をそなえる習慣があるようだ。
故郷切石では安倍川のかわりに「あんころもち」を作ってた
もしかして‥これは推測だが甲州名物の信玄餅は安倍川餅から発想を飛ばしているのかもしれない。
餅は求肥で黄な粉と黒蜜も使っている。

それはさておき母の命日を忘れるくらいだから、ちぐはぐな一日となってしまった。
まずは無聊を慰めるために持っていっているタブレットをクリニックに置いてきてしまった・・・加えて来週の薬のための処方箋も忘れた。
そこで泣く泣く透析日でもないのにクリニックに出かけて行った。
受付嬢を通してロッカー室に入り自分のロッカーから処方箋とタブレットを取り、北野にある処方箋薬局にいくと・・・
本日は休日のため休みだった。
「山の日」だそうだ…私が若いころはそんな休日はなかった・・・腹立たしい。
処方箋の有効期限は3日なので今日わたしの代わりにタカコサンに行ってもらう。

ちなみに姉に命日を聞いたところ、ちゃんと覚えていた。
母を看取ってくれたのはすぐ上の姉だった・・・・



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2022-08-11

季節だより風だより・風立ちぬ

命日








ひんやりとした風が窓から吹き込んできた。
昨日とは明らかに違う風であった。
時計を見ると丁度7時を指していた。
いよいよ秋の風が立ったようだ。
昨夜は透析から帰り夕食を済ませてすぐに床についてしまった。
何がどうというわけでもないが、やはり連日の暑さに眠れず、睡眠不足が続いていた。
覚えているのは時計が9時を指していたことだ。
それから泥のように眠るという表現がぴったりだったかもしれない。
途中2時ごろに眼が覚めて、夢遊病者のように夏掛けの布団を持ち、階下に降りてリビングのソファーで寝た。
夏の間時々これをやるのだ。
幅が60センチぐらいで仰向けにも腹ばいににもなれぬ狭さであるが横向きになって寝る。
皮のヒンヤリとした感触が心地よいのだ。
普通なら床に落ちても仕方がない狭さであるがいまだ一度もそれはない。
4時ごろ目が覚めてまた夏掛けをもって二階に上がりベッドで寝なおした。
7時に起きて、ベッドの縁に座り込んでボーとしていたが、昨日は透析があった日だが何か大きな忘れ物をしたような気がした。

だんだん目が覚めてきて思い出した・・・母の命日だったのだ。
2005年8月⒌日・・・ちょうど起きて朝食をとろうとした時にすぐ上の姉から電話があっていよいよ危ないのですぐ来なさいと言われた。
ちょうどこの日は一人で八ヶ岳の山荘に居た。
「朝飯食ったらすぐ行く」と言ったところ、「朝ごはんなんかいいからすぐ来なさい」と𠮟られた。
山荘から病院まで2時間はかかりそうなのですぐに駆け付けても間に合いそうもなかった。
正直なところ、死に目になど会いたくなかったのだ。
それからこの日は長い1日になることが分かっていた。
腹が減っては何とやらで、しっかりと朝食は取って出かけて行った。

病院に着くとすでに母の遺体は車に乗せられていて私が来るのを待っている状態だった。
姉2人弟1人そして私4人にタカコサンは心強かった・・・それぞれが役割分担をして葬式はお盆の前の日の12日とした。
私は喪主としてただ頭を下げていればいいだけだったが・・・
母は80過ぎるまでガールスカウトのリーダーをしていたので自分の立ち上げた甲府第4団の制服と共に荼毘に付されていった。
関係者の参列が多かったことを今も覚えている。








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2022-08-10

故郷の空・墓参

疲弊








1週間早く故郷の切石に墓参に
行ってきた。
ちょうど雷騒ぎのあった次の日であったが、予定通り甥のタカオに山荘まで来てもらって車で切石まで行ってもらった。
途中姉の所によって墓前に供える花を用意してもらった。
姉の所から切石行くには中部横断道を通っていくのだが、30分ぐらいで着いてしまった。
町は人っ子一人通っていない・・・人影というものが全くない。
私の子どもの頃はいろいろな店があった。駄菓子屋もお菓子屋も、魚屋、八百屋、雑貨屋、下駄屋、桶屋、自転車屋もあった。
万ず屋というタバコ屋があって雑貨も売っていた、同級生の家は酒屋で「延寿の泉」という酒を造っていた。

あれから70年、店はすべてなくなっていたのだ。
たばこやジュースの自販機すら置いていないのである。
切石には身延町の役場が置かれているが、町として発展していく兆しはない。
東隣の集落の西島は川沿いにバイパスを作りそこを拠点として発展しているようだ。
おなじく、同じ町内の西隣の飯富もそこそこ発展して町営の病院もある、
最近スーパーとシャトレーゼが出来たとか・・・
切石が行くたびに疲弊していくのは人口減もあるが道路を大型の車が通るので危険極まりない。
人々の時代の読み違いでバイパスを作ることに反対があったのだ・・・今は見る影もない。
あと10年もすれば年寄りばかりの町となりますます疲弊していくに違いない、

これは切石地区だけの問題ではない。
昔殷賑を極めた地方都市も同じような運命をたどっているようだ。
我が町甲府も中心部にあった100年にも及ぶ中心街のデパートが来年春には撤退するのだそうだ。







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2022-08-09

八ヶ岳南麓だより。顛末

でくの坊








昨日の11時頃保険会社から電話があり必要な手続きの指示があった。
どうやらそんなに面倒なことではないようで工事をしてくれるSさんに使えなくなった給湯器の写真をとってもらい新しい給湯器にかかった費用を添付してもらえばよいのだそうである。
そしてそれを保険会社に送る。

と、まぁ一件落着のように書いたが、実は私は何もしていないのだ。
まず、給湯器が使えないと分かった時・・・唯々おろおろするばかり。
タカコサンがすぐにSさんに電話をかけた。
Sさんは山荘で何かトラブルが起こった時に対処してくれる人なのだ。
近隣に住んでいて建築、建物の修繕、電気工事、水回りの諸々まで何でもやってくれる。
今までも何度もピンチを救ってもらっている。
Sさんは長坂町に来てからできた友人の娘婿さんで結婚式にも参加させてもらった。
しかし、彼とのパイプはタカコサンが握っていて今回も仕事の帰りに寄ってくれたのだ。
私は彼との連絡の方法・・・携帯の番号など知らないのだ。

落雷による被害について保険が降りるかもしれないと気が付いたのは私だが、保険会社への連絡のすべは知らずこれもタカコサン任せである。
命じられたのは保険証書を探すことだけだった。
タカコサンは日曜日、山荘から帰ってからすぐに私が探し出した証書をもとに夜にもかかわらず会社に連絡を取った。
そして昨日担当者から連絡がありほぼ保険で充当できることが分かったのだ。

私はもう対外的な事は何もできない「でくの坊」に成り下がってしまったようだ。
唯々、まじめに透析に通って一日でも長く生きればいいとのこと・・・




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2022-08-08

八ヶ岳南麓だより・落雷

保険申請








今回の落雷はすさまじいものだったようだ。
タカコサンがご近所に出かけて行って様子を聞いてきた。
天地が割れるのではないかと思われるような稲光と音だったそうだ。
そのお宅では電気洗濯機が動かなくなったそうだ。
北杜市全体かどうか分からないが、特にパソコンなどの電子機器の被害が多かったようだ。
今年は炎暑の影響か例年に比べて雷が多いそうだ。
これから毎年異常気象による落雷も多くなっていくかもしれない。

給湯器の故障を見に来てくれたSさんによると、雷は近隣に落ちると地面を伝わって広範囲にわたって被害をもたらすのだそうだ。
特に、電子機器のようなものは落雷には弱く破壊されてしまうとの事。
給湯器も機能が便利になっているものほど電子機器が組み込まれてまれているようだ。
特に追い炊き機能が壊れてしまい全体が使い物にならなくなると言っていた。
以前にも一度給湯器が壊れてしまったことを思い出したが・・・ふと落雷による被害の場合には火災保険が使えるのではないかと・・・
以前の時は手続きが面倒だったので申請しなかったが「先立つもの」を用意するのがかなり苦しいので面倒でも申請してみようと思った。
それには保険証書の確認が必要なので、昨日は八王子に帰ってきて証書を探し出した。
と、山荘の保険証には落雷による被害の補償がちゃんと記載してあった。

実は5年ほど前に台風が通過して庭の立ち木の枯れ枝が屋根に落ちてきてスレート瓦を破損したので保険保証の申請をしたところ全額認証された。
今回はどの程度の保証があるかはわからないがともかく申請をしてみる事にした。
保険制度はこういう時の備えであるから面倒がらずに保険会社に連絡を取った。
願わくば・・・全額保証されることをねがっているのだが・・・



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2022-08-07

八ヶ岳南麓だより・落雷

踏んだり蹴ったり









昨日は1週間早く墓参りをするために八ヶ岳の山荘に出かけて行った。
しかし、ハプニング続きのさんざんな一日となった。
いつもなら10時のはちバスで出かけて10時半の特急に乗るのだが今回は1時過ぎの特急にした。
八王子で昼食をとって、さてと腰を上げようとしたとき、タカコサンに私の障害者手帳を渡すのを忘れたことに気が付いた。
実は障害者である私は付き添いがあると乗車券が半額になるのだ。
乗車券はすでに買ってあったのだが・・・障害者手帳を提示しないと乗車できない。

障害者手帳を渡してないというよりも、家に忘れてきてしまったのだ。
今更取りに帰ることもできないので、結局乗車券を普通料金に買いなおして乗車することにしたのだ。
そのためにはみどりの窓口に行って手持ちの乗車券をキャンセルして買いなおし。
実にめんどくさいことになってしまってタカコサンには平謝り・・・

無事、小淵沢に着き、タクシーで山荘に着くと・・・電気が付かない。
真っ暗な中をブレーカーの所に行ってみると落ちていた。
どうやら落雷があってブレーカーが落ちたらしい。
電気はついたので一安心と思ったが、給湯器が全く作動しない。
実は以前にも同じことがあって買い替える羽目になったのだ。
山荘のその手の管理をしてくれるSさんに来てもらったところ買い替えないとだめ・・・
給湯器の全面取り替えには30万ほどかかると言われた。
こんなことが続くと、年金生活者には維持できそうもないので、そろそろ手放すことも考えなければならない時が来ているかもしれない。

そしてもう一つ電気がキレたことによって冷蔵庫が作動しなくなっていて中に入っていたものが融けたり、腐ったり、カビが生えたり・・・
踏んだり蹴ったりである・・・・
勿論昨夜は風呂はなし次回までに取り替えが出来るかどうか微妙である。






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2022-08-06

かたくら通信・原爆忌

平和祈念








一昨日と昨日と雨、曇りと久しぶりに気温が下がったので昨夜は導眠剤やアルコールに頼らずにぐっすりと眠ることが出来た。
目が覚めたのが7時であったがそのまままた一時間ほど寝てしまった。
起きた時にはすでに8時15分を回っていて毎年行っている原爆忌の黙祷ができなかった。
それでも、平和祈念式典の様子はテレビで見ることが出来た。
今年は広島出身の岸田総理の挨拶だったので山口出身の元総理の挨拶よりも実がこもっているように感じた。
しかし、世界の情勢は昨年よりもさらに厳しく、核兵器の使用が現実のものになりかねない。
我が国でも核兵器保有を言いつのる人達が出てきていることは愚かしいことだ。

ロシアのウクライナ侵攻もいつ果てるという見通しも立たず、加えて台湾と中国の関係もきな臭い。
アメリカの下院議長のペロン氏の台湾訪問が引き金になっているようだがこれ以上の緊張関係が起きないように祈るばかりである。

今日はこれから八ヶ岳の山荘に向かう。
お盆は交通機関が混雑することが予想されるので1週間早く墓参りを済ませておこうと思っている。
幸い甥のタカオが明日車を出してくれることになっているので今夜は山荘に泊まって明日迎えに来てもらう。
コロナの猛威も止むところがないようだがワクチン4回の効力を信じて出かけていく。
願わくば・・・前回のようにお子様の集団に合わないように・・・

実は今日は高校の時のクラブ・ハイスクールYMCAのOB会が開かれているのだが、やはり処々の事情にかんがみて欠席とした。
ハイスクールYMCAそのものは今は存在しないのでOBたちは皆70歳を超えている。
またいつ会えるかどうか分からないのが残念である。







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2022-08-05

お好みテレビ館・迷宮グルメ異郷の駅前食堂

ヒロシ









テレビの番組が押しなべて面白くない。
同じタレントがいくつもの番組に出てバカ騒ぎをしているに過ぎない。
一番不快なのは、「大食いの番組」である。
可愛い顔したタレントが山盛りの料理を時間内に胃の中に詰め込む、
あれは食べるのではなく詰め込むとしかいいようがない。
飢餓の時代育った身にとってはいたたまれない。
また、旅番組が同じような企画で放映されている、
それがわざとのように秘境と呼ばれるような所を訪ねて寿司屋や食堂を探す。
正直、何の役にも立たないような情報ばかりである。

そんな中で木曜日の9時から始まる「ヒロシの迷宮グルメ異郷の駅前食堂」という番組を楽しみに見ている。
30年ほど前にちょっとブレイクしたヒロシという自虐芸人に世界を旅させてその国の駅前にある食堂で美味しいものを食べさせる。
彼はいつも一人ボッチを好むようで異郷の駅に降りて当てもなく自分の嗅覚だけで食堂を探し当てる。その訪れる駅もほぼ名の知らないような所を怪しげな英語を操りながら彷徨する。
普通、観光では行かない路地裏のようなところにも平気で入っていく。

昨夜はラトビアのヴァアヌパークという駅に降り立った。
まずはラトビアがバルト3国の一つである事しか知らない。
位置も国情についてもほとんど無知である。
国はソビエト崩壊後の影響が残っていてガラクタと思われるようなモノを売る市場を見せる・
それからヨーロッパ3大市場と称されるような格納庫を利用した食品市場を訪れるが結局はありふれた普通の駅前食堂でラトビアの料理を堪能する。

続いてもう一本、フィリピン縦断の旅でマニラ市内の舌を噛みそうな町に降り立つ。
終戦直後の日本のようなバラックが立ちならび雑多である。
そこに降り立つヒロシに違和感はない。
日本で働いたことのある女性がヒロシを知っていて「大好き」と寄ってくる。

ヒロシはどこに行っても映像の中に溶け込んでいて、食べているものがほぼ土地の人の食しているB級グルメであることも好ましいのだ。






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2022-08-04

好奇高齢者の生活と異見・何が問題

統一教会と議員








元総理が凶弾によって倒れたことによって、今まで蓋をされていた問題が一気に露呈してしまったような感がある。
統一教会と自民党議員との癒着である。
統一教会なるものは今は世界平和統一家庭連合と名前を変えているがその実態は同じものであるらしい。
宗教団体と政党とが結びつくことはままあることで、K党とS学会などは有名である。
しかし、統一教会については今から30数年前に霊感商法という個人の弱みに付け込んで高額の壺や多宝塔などを売りつけた。
それが問題となり、つい最近まで影を潜めていたが、今回の事件はそのことが今も尾をひいていたことになる。

そもそもこの宗教団体が日本に持ち込まれたときその旗振りとなったのが安陪元総理の祖父に当たる岸信介だった。
それが三代目にまで受け継がれ今回の凶行が起こったわけだ。
自民党の幹事長の茂木何某は我が党とは一切関係ないと言っている。
総務会長の福田達夫は「何が問題なのかわからない」と・・・
福田も三代目の議員で庶民の感覚とは程遠い所にいるのだろう。

宗教と政治が結びつくこと自体悪いわけではないが、その宗教団体が世の中を揺るがすような事件を起こしているのにいまだそれに結びついている政治家が悪い。
今回露呈した中に、選挙の折に落選しそうな議員に票を割り振ったり、無償で応援に駆け付け電話戦術などのサポートをしたり・・・
恩を受ければ無償以上のモノが返ってくるのは必定。
現に統一教会から世界平和統一家庭連合と名称を変えた時に時の文部大臣の下村何某がすんなりと受理したという。
勿論、彼も安陪元首相の側近でその恩恵を受けたという。

自民党は一切関係ないと言い切れるのか・・・「何が問題なのかわからない」などとノー天気なことを言っていられるか。
その政治家たちがこの団体の広告塔になっていることは想像に難くない。
今も統一教会のやり口に被害を受けて苦しんでいる人たちがいることを忘れてはなるまい。




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2022-08-03

なごみ食堂・ボローニヤソース

挽肉








この所、暑さと透析のせいか何を食べても美味しくない。
我が家では食事担当は私であるが、今まで培ってきた自信のようなものが揺らいでいてしまっている。
特に透析から帰ってきてからの食事作りがつらい。
そこで透析の夜の夕食は納豆と決めているが、納豆にもメーカーなどによりそれそれぞれ味があり、今のところ「おかめ納豆」と決めている。
けれど毎回となると飽きもくるのでいろいろ開拓している。
今日は久しぶりに何か作ってみようと。食材探しからはじめた。
タカコサンが「ぎょうざなら作ってもいいよ。」と
そこで、生協の挽肉売り場に行ってぎょうざの材料の豚の挽肉とボローニヤソースの材料の合い挽きを買った。
ぎょうざはタカコサンに任せて、さっそく、ソースに取り掛かった。

玉ねぎをみじん切りにし、同じくにんじん、セロリも細かく切った。
オリーブ油を敷いて挽肉を炒めて、色が変わったところで野菜を入れて炒める。
その間にミニトマトを刻んで入れた。
食材が肉になじんできたとところを見計らって、白ワインを入れて煮込む。
かき混ぜながら30分弱火にして煮込んだ。
味を見るとどこか違う…トマト味が弱い。
そこで、トマトビューレを入れて味を調えた。

それなりの味となったが、一晩寝貸せておいた方がよいとタカコサンが言ったので火を落として朝まで置いた。

さて完成形を食してみたところ・・・不味くもなく美味くもない。
頭の中で描いていた味と違うのだ。
タカコサンに味見をしてもらうと・・・マアマアという返事。

「あなた、もしかして挽肉を合い挽きでなくて、豚だけにしたんじゃない」
自分では合い挽きを買ったつもりだがそういえば安かった。
肉の入っていたトレーを見ると豚挽300グラムとあった。

まぁ、いいかそんなに不味いわけではなし…そんなのもありかもしれない。



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2022-08-02

かたくら通信・炎天下

日射病








どうしてもこれ以上は預けておくことが出来ない本をみなみ野の本屋に取りに行ってきた。
芸術新潮と各出版社が出しているPR誌である。
そのほかに注文を出しておいた本も届いているそうだ。
ところが今日も暑い・・・並の暑さではない。
外に出るとモアっと暖かい空気にまとわりつかれた。
それでも意を決してはちバスで片倉駅まで向かい一駅先のみなみ野駅へ・・・本屋までは徒歩5分ほどで冷房してある建物の中なので助かった。

本を受け取ってからさてどうする・・・ちょうどお昼前だったので二駅先の橋本で昼食をとった。
食欲減退で食べたいものもなかったが行きつけの駅ビルの寿司屋で握ってもらった。
ところが暑さのせいかろくなネタがなく美味しくなかった。
6個ほど握ってもらって退散・・・もし橋本に行くのならパンを買ってきてと言われていたので食パンだけ買った。
それで、今日の用事は全て済んだのだが・・・帰りは橋本駅発八王子駅行きのバス。
このバスは透析に行く時に使っているバスである。
バス停から家まで炎天下を15分ほど歩く・・・太陽は南中していて地上には影がない。
そこでワンクッション置いて途中の生協で夕食の食材を買った。
けれどいつものことながら目についたものをすぐに買ってしまうので大荷物となった。
背中には本の入ったリュックを背負い、両手に買い物袋を提げて炎天下を歩いた。
家まであと5分ほどの所にきてグラリときた。
熱中症などという流行りの症状ではなく「日射病」である、
私が子供の時、現役の時には熱中症などという洒落た名前はなかった。
その言葉を聞くたびに「何に熱中しているのやら・・・」と思ってしまう。
断然私の症状は日光の光による「日射病」だ。

携帯でタカコサンに電話してお迎えのSOSを出して無事に救出された。
熱中症と日射病の違いはどこにあるのかなぁ・・・


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2022-08-01

なごみ食堂・トマトスープ

さまよえる霧の恋歌(高橋治著)









朝食を終えて二階の自室に上がってきたが、窓からは熱風が吹き込み室温は間違いなく30度を超えている。
先週から始まった真夏日はすさまじい・・・朝のうちは涼風が入ってくるはずなのに、屋根の照り返しが間違いなく空気の温度をあげている。
あまり好きではないけれどこう暑くてはクーラーを付けざるを得ない。

日日の食欲もほとんどなく、粗食である。
透析の日は帰ってすぐに夕食なのだが、ほぼ白飯と納豆だけで済ませている。
お昼は麺類で饂飩、蕎麦、中華麺などを交代で食べている。
朝食はトーストと紅茶それに何か一品だが、このところトマトスープを作っている。
と言っても、なるべく手をかけないように簡単で、できれば美味しく・・・

実はコロナが始まったあたりからトマトやキュウリなどの野菜の青臭さが鼻に付きほとんど食べなくなってしまった。
そこで過去のレシピを思い出して件のスープに至った。
作り方は至ってシンプルで材料は生卵一個にトマト一個である。
まずは小鍋にお湯を沸かしてその中にトマトを入れる(湯剥きの要領である)
トマトの上の方に十字の切込みを入れてヘタは切って芯の部分はくりぬいておく。
できれば良く熟れたトマトが望ましい。
5分も茹でると自然に十字に切込みを入れたところから皮がはがれていく。
一方、生卵であるが割ってよく溶いて、ちょっとした味付けをする。(塩・胡椒で味付け、または醤油をひとたらし)
それをバターを溶かしたフライパンに入れてすぐに火を止める。
スクランブルエッグよりもレアにして器に入れる。
そしてその上に湯剥きをしたトマトを入れる。
トマトが煮汁を含んでいるのでそのまま崩しながら食べる。

このシンプルな料理を知ったのは高橋治の「さまよえる霧の恋歌」という小説である。
高橋は映画監督から小説家となった異色の人で、「風の盆恋歌」の作者でもある。
食通としても知られている・・・
しかし今は石川さゆりがうたう「風の盆恋歌」の方が有名になってしまったようだ。

食欲のない時にはピッタリのスープである・・・お試しあれ。






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