2022年 6月の過去ログ

2022-06-26

来し方の記・下宿

学生生活スタート









今から60年ほど前の下宿屋事情であるが、私が運よく住むことが出来たのは大学から歩いて10分ほどの畑中の一軒家だった。
未亡人の小母さんが一人で切り盛りしていて部屋は10部屋ほどあって大きさは3畳タイプが6部屋で4畳半が2部屋、6畳が2部屋だった。
下宿代は定かではないが部屋代として一畳に付き月1000円だったと思う。
そのほかに日日の食事代(朝・晩)がかかった。
下宿人は全て学芸大の学生であったが、面白かったのは同宿の男性が一年から4年までいてそれがすべて同年だったことである。
私が3浪で一年生、二年生はKさんという書道科の学生。3年生は職業課程の学生でOさんと言い八丈の人だった。4年生は現役で入学した人で数学科の学生だった。

この下宿には4年間お世話になり年が変わるごとに部屋がグレードアップしていった。
3畳の部屋には押入れがついていて窓際に机を置いて布団を敷くといっぱいいっぱいであった。
それでも何でも住むところが確保できて、一応2食は保証されて有難かった。
下宿屋の小母さんは奇しくも、同郷の人で「鰍沢」の人だった。
お子さんが二人いて成人している女性と小学生の男の子だった。
お風呂とトイレは共同で多少の不便はあっても当時の学生は皆こんなものだったかもしれない。
同宿の学生たちは全てアルバイトをしていた・・・それもかなり条件の良い家庭教師で、相場としては週に一回で月5000円ぐらいが相場だったと思う。

私の生活も本屋のアルバイトを中心として、いろいろな人づてもあってナントカ生活のめどが立つようになった。
多少の余裕が出来て、さて・・・学生らしい生活もしてみたいと、児童文学サークルなるものにはいってしまった。
動機は特になかったが、ひそかに物書きになりたいという思いはあって、部室の前を通ったところ、女子学生が歓談しているのが目に入り引き込まれるように部屋に入ってしまったのだ。特にまだ作家になるなどという野望はなかったが女性に囲まれたぬるま湯のような空間が心地よかった。
また、先輩の女子学生に誘われて、サトウハチローの主催する童謡のサークル「木曜手帳」にも顔を出すようになった。
しかし、サトウハチロウーが絶対君主で彼の意に沿うような詩しか採用されなかった。
なんとなく馬鹿らしくなって3回ほど行ってやめてしまった。
その「木曜手帳」に私の書いた詩が一篇だけ載った・







yodaさんの投稿 - 16:48:22 - - トラックバック()