2022年 9月の過去ログ

2022-09-05

八ヶ岳南麓だより・声掛け

背中を押す








M君と食事が終わってから山荘に戻ってしばし歓談。
彼は高校の3年後輩で私との接点はないはずなのだが、ハイスクール・YMCAと私の浪人の関係でお互いに見知っていたのだ。
そして、私もようやっと東京学芸大に入学出来てバイトに次ぐバイトで生活は苦しかったことは以前にも書いた。
またそんなバイトの中に国鉄の「尻押し」のバイトを2年ほど続けたことも・・・

丁度、今から60年ほど前のことになるだろうか・・・季節は2月のお終わりか3月の初めではなかったろうか・・・
いつもの通り尻押し(乗客を満員電車の中に押し込む)をしていると、ホームにM君が立っているではないか・・・
全くの偶然でよもやまさか小金井駅のホームで会うとは思いもしなかった。
そこで私が発した言葉は「M、二期校の願書を出したか」という言葉だ。
M君が浪人していることは知っていた・・・しかしそれが小金井に住んでいたとは知らなかった。考えてみればまだ一期校の発表もないのに二期校の願書のことなど言うのは失礼な事だ。
当時の受験事情は一期校は3月初めの受験で主に東大、京大など旧帝大系の大学。
二期校は新制大学と言われ戦後創立された地方大学が多かった。
受験生はまず一期校を目指し、滑り止めに二期校の願書も出しておく。
私がとっさにM君に声をかけたのは彼があまり晴れやかな顔をしていなかったからかもしれない・・・M君ははっとしたような顔になって「まだです」と答えた。

この声掛けが彼にいわせると人生の分岐点になったというのだ。
この時点で彼は二期校の願書を出すかどうか迷っていたのだそうだ・・・そこで私の一声にはっとなってすぐに手続きをした。
そして結果、山梨大学の工学部に入学する・・・卒業後はFフィルムに就職し知的財産の管理の仕事をして後に独立してアメリカに渡る。
その間に大学の友人の紹介で奥様と知り合い結婚に至る。
あの日あの時の私の一言が大きく人生を左右したというのだ。
私もあの日の小金井駅の情景ははっきりと覚えているが、その一言が他人の人生を左右したなどと思ってはいない。
「風が吹けば桶屋が儲かる」的なことだと思う・・・彼が今あるのはその後のたくさんの人たちとの出会いと努力のたまものだったのだ。
けれど、もしかしたら私の一言が「尻押し」ならぬ背中をそっと押したのかもしれぬ。






yodaさんの投稿 - 09:32:12 - - トラックバック()