2022年 9月の過去ログ

2022-09-06

取材ノート・甲府の空襲

証言








ぎりぎりまで粘って資料を読み込んだ。
いずれの資料も人の生死にかかわるものばかりで重い。
手記を寄せた人達はすでに物故されていると思うが、その言葉は今も生きている。
約90名近くの人たちの体験が30年たって綴られているのだが、書いた人にとっては昨日のことのように思い出されただろう。
それから更に40年以上も経ってその記録はほとんど埋もれてしまっているに違いないが、力が及ばないことは分かっているけれど77年前を再現したいと思う。

手記を寄せている人たちは老若男女、多岐にわたる職業の人達だ。
空襲の時に小学生だった人も何人か書いている。
驚くのは甲府の七夕空襲だけでなく東京大空襲をはじめとして4度も空襲にあっている人もいる。
当時、甲府は安全と思われていて東京渋谷区、目黒区の子ども達が学童疎開をしていた。
しかし、戦局が進むにつれて甲府も安全ではないと分かり、二次疎開が行われ、大半の子どもが空襲をまぬがれた。
犠牲になったのは、虚弱のために甲府の病院で治療を受けていた子ども達だけだったそうである。

今回の物語は甲府の空襲が丁度真ん中あたりに来るが。昭和20年4月に6年生となった子供の波乱の一年を書いてみようと思っている。
当時の生活の様子も出来るだけ調べた。
空襲、敗戦、そして進駐軍の占領・・・にわか仕立ての民主主義など6年生の子どもの目を通して描いていきたいと思っている。
どのような形式にすれば多くの読者の目に触れるか・・・出版も視野に入れているが本にしたてるのはきびしい・・・

希望と再生の物語となるように頑張ってみる。
私にも、もう時間はあまり残っていないのだ・・・・・








yodaさんの投稿 - 13:19:04 - - トラックバック()