2022年 9月の過去ログ

2022-09-08

故郷の空・77年前

飢餓








このところ77年前の空襲の記録を読んでいるが、B29の爆音とともに思い出すのは飢餓である。
戦争末期から戦後にかけて食べるものがほとんどなかった。
我が家は切石局の郵便局長をしていた叔父夫婦と祖母そして寝たきりの叔父、それに私たち家族、母と姉二人と私。
叔父夫婦と書いたが叔母に当たる人は終戦直前の8月10日に赤痢で身罷った。
寝たきりの叔父は脳性小児麻痺の影響で食べることも排泄することもすべて誰かの手を借りなければならない状態だった。
叔父の面倒を見るのは祖母で一日中拘束されているようなものだった。
したがって農作業から食事の支度食料の調達まですべて母が仕切らなければならなかった。我が家にはそこそこ農地もあったし、小作もいたはずなのだが母一人ではどうにもならなかったようだ。
毎年とれる米は全て寝たきりの叔父の食料となった。
叔父だけは皆の食べ物がなくても白米を食べていた。
母が言うにはイツオは叔父さんの白飯を食べたいと一度も言ったことはないと言っていた。
確かに・・・それは別のものであって決して触れてはいけないものだと子ども心にわかっていたようである。
母は後年冠婚葬祭以外は決して切石には行こうとしなかった。
やむを得ず行ったときも、泊まらず上がろうともしなかった。




yodaさんの投稿 - 16:56:56 - - トラックバック()