2023年 1月の過去ログ

2023-01-31

卯年かたくら通信・訃報

大学時代一番親しかった友人の訃報がはいった。
一昨日亡くなったと息子さんから連絡があった。
彼は学芸大の書道科を出て東京都の高校の先生をしていた。
私とは同年で、先輩でもあった。

一緒に旅行をしたり、近年は府中で会って世を嘆いたりしていた。
今年も何度か手紙のやり取りをしていたが・・・虫が知らせたのか、
この1週間ほど電話をしたが通じなかった。

また一人親しい友を失って、本当にやるせない。
そういう私も昨日治療は終わったものの、その先はどうなるかわからない。
願わくば、タカコさんよりは先に行きたい。
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2023-01-30

かたくら通信

通院 終了




余りの突然の事なので、悩む暇もなくあれよあれよのうちに照射は終わった。
多少身体がだるい感じがするがそのうち元に戻るだろう。
病院通いはタカコサンに付き添ってもらった。

やはり80も過ぎると足元がおぼつかなくなるようだ。
今日はこれから、透析のために腎クリニックに行く。
4時間針を刺して寝ていれば良いのだが、それも結構疲れる。
バス停まで自信がないのでこれまた付き添ってもらう。






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2023-01-29

卯年かたくら通信・ルフィ

強盗殺人






新しい形の強盗事件が発生していることに驚いている。
フィリピンから指令を出して実行しているのだ。
司令塔を「ルフィ」というのだがフィリピンで収監されている人が指令を出している。
実行犯は見ず知らずの人たちがグループを作って実行しているのだそうだ。
請負額は100万円で、終わればチリジリとなっていく。
その人集めは携帯電話で、犯罪をおかしていても簡単に電話機が手に入るらしい。
新しい形での犯罪もさることながら殺人まで犯している。
強盗殺人の場合は実刑は免れず一生ついて回る。

出ていた容疑者の顔を見るとごく普通の人たちだ。
生業に着けばそこそこ生活できそうな人たちばかりだった。
ここで最も恐ろしいのは、「ルフィ」の指令で被害者を殺してもよいということだ。
そしてそれが実行されているのだ。
事件が広域にわたっているのも不気味である。





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2023-01-28

卯年かたくら通信・初不動

息災祈願







今週はハードだった。
朝は決まった時間に起きて予約しておいたタクシーで大学病院に行く。
放射線の照射は痛くもかゆくもないが、やはり体を拘束されて20分動かないようにされるときつい。
帰りはバスで八王子駅まで出て、またもやタクシーである。
それから昼食をとって今度は腎クリニック行き4時間。
本当に土日が待ち遠しかった。

今日は予約していた眼科に行って散髪に行った。

けれど。何故かいつもより町がにぎわっていた。
と、考えて見たら、1月28日は「初不動」だった。
まだまだ、人々には信仰心のようなものがあるのだ。
中心となるのは私ぐらいの年齢の人なのだ。

かく言う私も先週の日曜日タカコサンと一年の息災と友人の息子さんの合格を願ってお参りに行ってきた。

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2023-01-27

卯年かたくら通信・4日目





今日で放射線治療も4日目である。

主治医が
ここで治療を受けている患者さんはすべて癌ですよ。
とさらりと言った。
勿論わたしもそのお仲間である。
治療は痛くもかゆくもないが、放射線の照射を受けてそれから家に帰り、腎クリにまた出かけるのはやはりくたびれる。
午後7時に家に帰ってきた。

ひろうこんぱいである。
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2023-01-26

卯年かたくら通信・極寒

足の攣り






昨夜はわが生涯で一番寒い日だったかもしれない。
床に入ったのは10時頃だったがともかく寒くて寝られない。
実は火曜日より放射線治療が始まり、指定された時間までに病院に行かなければならない。
予約の時間は9時50分だが、20分前には待合室に入っていなければならない。
そのために起きる時間を逆算していくと遅くも7時には起きなければならない。
その為にゆとりをもって床にはいるのだが、昨夜の寒さは寝入るどころではなかった。
加えて12時ごろから足の攣りが始まった。

透析をすると余計な水分まで抜いてしまうので足先まで血液が回らず冷たくなっていくのだ。
それが、脛、太ももまで広がり硬直状態となる。
それが30分以上も続くのだ。
タカコさんを起こしてもどうにもなるわけでなく、唯々耐えるだけだ。
手立てとしては布団から足を出してひたすらこすり、血液の循環を促す。
そんなことを3度も繰り返しようやっと血の巡りを取り戻したのが朝の4時。
それから7時までひたすら耐えた。

今日は病院から帰ってきてもボロボロでゴロゴロしていた。
寒さはまた今夜もやってくるのだろうか・・・・
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2023-01-25

卯年かたくら通信

初放射線治療







今から30年も前なら、がんの告知をすべきかどうか医者も患者家族も悩んだものだ。
それが今は普通の病気のように語られるようになった、
我が家でもタカコさんが放射線治療を8年前に受けているので不安はなかった、
治療は20分ぐらいで終わり、痛くも痒くもなかった。
あと3回で済むという。

今日もタカコさんに付き添ってもらって、タクシーで出かけた。



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2023-01-24

卯年かたくら通信

物価高騰
電気代を30パーセントあげるのだそうだ、
いろいろ理由があるようだが、原発の稼働も関係しているらしい。
いつの間にか値上げがされてそれが当たり前のことのようになっているのがおさおろしいことである。
諸物価を値上げしている割に、年金が上がったなということは聞こえてこない。
数値として値上げを言われると何となく実感があるが、実は物の大きさを小さくすることによって巧妙に値上げをしているのにおどろく。

日曜日タカコサンと高幡不動さんにお参りしたことを書いた。
お不動さんと言えば名物の高幡饅頭である。明らかに目減りしている。
現役で近隣の学校に勤めていた頃の大きさの3分の2ぐらいの大きさになっている。
もうひとつ、えきまえにFという有名洋菓子店がある。
この店はオーナーを知っていて、高幡で開店と同時に後押しをっしてきた。

この店も時代は勝てないようだった。
袋詰めのお「フランス物語」という洋菓子の詰め合わせがあったが、姿を消していた。






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2023-01-23

卯年かたくら通信

踏んだり蹴ったり.







この2・3日のありようはあまりにひどい。
験落としに、昨日タカコ子さんと二人で近くの高幡不動にお参りしてきた。

しかし、結果はますます悪くなった。

夜、上の奥歯四本の被せがスッポリととれてしまったのだ。
痛みはないがスースーしている。
幸い、朝一で臨時の歯科予約は取れたので、よしとするか・・・・

しかし、朝のルーティーンの血糖値測定の器械が電池切れ…もしかすると壊れてしまっているかもしれない。

中国の春節は波乱明けのようだが、わが家も先が思いやられる。
一応歯の修繕はうまくゆき、電池切れはプラス、マイナスの入れ間違いだった。

どうやらお不動さんのご利益はあるようだ。
 



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2023-01-22

卯年かたくら通信

がたがた








昨夜のことだった・・・時間は何時頃か寝ぼけていたので分からなかった。
なんだかいつもの感覚と違うのだ。
恥ずかしながら足元の方がジワリと冷たい。
何十年も前の感覚が戻ってきたようだ。
これは大変とタカコサンにも起きてもらった。
しかし、濡れてはいるが位置が違うような気がした。
布団を全部はがしてみると・・・どうやらそれではないようだ。
それでなくても寒い中をガタガタ震えながら布団を取り替えた。

タカコサンが寒い中を詳しく調べた結果・・・どうやらそうでは無いということが分かった。
先月あたりから入れはじめた湯たんぽの栓がゆるんでしまったようである。
82歳にしていよいよ幼児返りが始まったのかとショックを受けていたが、それれは一先ず免れたようであった。
それにしても、真夜中にたたき起こして大騒ぎして付き合わされたタカコサンはたまったものではない。
おもらしであろうと、単なる水濡らしであろうと、布団の始末は同じである。

ともあれ、まだ幼児に返っていないだけはよかった。
早晩なやまされることになるだろうなぁ・・・・


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2023-01-21

卯年かたくら通信・疲労困憊

グダグダ






先週から今週にかけて疲労困憊。
身体の疲れよりもやはり気持ちの疲れのようだ。
よもやまさか自分の身体の中に癌が巣くっているとは思わなかった。
肝硬変も起こしていて肝機能も低下しているようだ。
一昨日・昨日と輸血をした。
どうやら他人の血を頂かないと厳しい所まで来ているようだ。

今日は朝からグダグダと過ごしている。
来週は火曜日から放射線治療を始めるようで、朝から東海大病院に行かねばならぬ。
タカコサンによると痛くもかゆくもないそうだが治癒への期待をかけたい。



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2023-01-20

炎のまち

ちょうどその時先ほどの先生が迎えに来て校庭に連れて行ってくれた。
校庭は子ども達で埋め尽くされていた。
各学年、5学級ほどの編成で1学級に50人ぐらいの生徒が並んでいた。
ざっと見て、優に千人を超えているようだった。
午後からは入学式があるそうで、この人数に200名ほどが加わる事になる。
「君も東京から転校してきたんですか。」
きみなどと言われるのは久しぶりだった。折り目正しい東京言葉に聞こえた。
勝彦がうなずくと、憶す風もなく親しげに言葉をつづけた。
「僕は渋谷の小学校で東京都下の小金井に学童疎開していたんだけど、家の事情でひとまず甲府の学校に転入して、夏休み前には長野に行くんだ。」
これらの列のほかに100人ほどの隊列があった。
どうやら、学童疎開で来ている子ども達のようである。
「目黒区の小学校の4・5年生だそうだよ。」
と山本茂が小声で教えてくれた。
ほどなく、勝彦は名前を呼ばれて6年1組にの列に並ばされた。
山本茂も疎開っ子同士という事なのか同じ組になった。武は6年2組の列の中にいて、手をあげて合図してきた。
すると、後ろの方の列から何かざわつくような気配がしてきた。
「君と一緒で良かった。よろしくね」と茂が嬉しそうに言った。担任は伊東先生だった。
「すかした奴が二人も入ってきたぜ、東京もんらしいが、いちど締めておかねえといけねえなぁ。」
わざと聞こえるように誰かが言っていた。
勝彦は幸一が言っていた、警防団長の息子のマサルというやつかもしれないと思った。
後ろを振り向いてみると、大柄で小太りのやつがこちらを睨みつけてきた。

校長先生の長い話が終わって、学年ごとに集まって担任の先生の注意があった^






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2023-01-19

炎のまち・友達

転校性
昨日津村さんの所でもらってきた義彦さんの帽子と開襟シャツを着てその上に幸一の上着を羽織った。
なんだかまだ身体になじまなかったけれど新しい学校、新し学年になり、身が引き締まる思いがした。
「えらくめかしこんで、見違えるようじゃん。」
武がからかうように言った。
「みんなもらい物。空襲でみんな焼けちゃって着たきり雀で甲府に来たんでこの上着は幸一さんのモノだよ。」
「そういえば、幸ちゃんそれを卒業の時に着ていたなぁ・・・」
「それより、昨日、ゴムカンの材料をみんなそろえてきた」
「そういえば勝ちゃん家にいなかったなぁ・・・どこか行ってたのか。」
勝彦は昨日1日の出来事を歩きながら武に話して聞かせた。けれど、初美さんことはなぜか話すことをためらった。
「今日学校が終わったら金山さんで、会おう・・・昼飯喰って2時頃な。」
武は目を輝かせんがら言った。そして、校門のところでわかれた。

「転入生は迎えが来るまでこの教室で待っていなさい。」 
若い女の先生が玄関の隣にある教室に連れて行ってくれて、キビキビとした口調で言った。
教室にはすでに20人ほどの生徒が不安そうな顔をして待っていた。
そんな中に昨日手続きに来た時に行き違った生徒がいて、眼が合うと小さくお辞儀をした。勝彦はためらいなくそばに寄って行った。
紺の詰襟の上着を着ていて、ズボンも同じ紺色の半ズボンで靴下をはいていた。
「君も東京から転校してきたんですか。」
きみなどと言われるのは久しぶりだった。折り目正しい東京言葉に聞こえた。
勝彦がうなずくと、憶す風もなく親しげに言葉をつづけた。
「僕は渋谷の小学校で東京都下の小金井に学童疎開していたんだけど、家の事情でひとまず甲府の学校に転入して、
 夏休み前には長野に行くことになっているんです。君はどこから来たのですか。」
「オレは城東区の小学校から山形に学童疎開していたんだけど、東京の家を焼かれてしまったので、
 母さんが避難してきている甲府の学校に入る事になった。」
「そうですか、短い間になるけれど、どうかよろしくお願いします。ぼくの名前は山本茂と言います。」
「こちらこそよろしく・・・オレは斉木勝彦。」






       

                   

      
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2023-01-18

炎のまち

みんなで楽しく、昼食を食べるなど何年ぶりだろうかと思った。
「あなた、散髪が終わってから勝彦さんとなんだか楽しそうに話してらしたけれど、何してらしたの。」
奥様が聞いた
「男同士の話だ。そんな事を軽々しくいう訳にはいかないよ・・・
 それより、俊彦が使ったもので勝彦君にあげられそうなものがあったら見つけてあげなさい。」
「そうですね、空襲でみんな焼けてしまったそうですから・・・古いものでおいやでなかったら、着るモノを見つけておきましょう。」
「それに、出来たら義彦の使っていた肥後守はなかったか・・・勝彦君とちょっとしたものを作るので見つけておいてれ。」
「そんな・・・お仕事させていただいた上にこの子にまで気を使っていただいて申しわけありません。」
「そうだわ、私の鉛筆や消しゴムのまだ使えるのがあるから分けてあげるわね。」
初美さんもそう言ってくれた。

全て散髪が終わったのは2時半頃だった。
集落から来てくれたお客さんは4人だったが、全て丸刈りで髭剃りはなしで仕事はバリカンで済んだ。

散髪代の代わりにお米と芋をもって来てくれた。
「韮崎方面にゆくバスは3時半頃なのでそれまで勝彦の頭を買ってやろうかね・・・」
そう言ってから台所に声を掛けた。
「奥様、この子が明日から新しい学校に行くので勝手なお願いですが申す少し縁側をお貸しください。」
「どうぞ、どうぞ、後の始末は私と初美でやりますから、きれいにしてあげてね。」


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2023-01-17

炎のまち・ほうとう

承前
勝彦自身の身体の中に今までと違った何かが駆け抜けて行くように思えた。
「やだわそんな目で見つめて、私の顔に何か付いてでもいるの・・・」
「馬鹿だねお前、髪を切ったお嬢さんを見て、見違えちゃったんだろ。そんなにじろじろ見るの失礼だよ。」
勝彦はよし乃の言葉にハッと気がついて、見る見る顔が赤くなっていった.
「よし乃さんがいらっしゃるというから、お昼はホウトウを作ってみたのよ。」
奥様がそう言って大きな鍋を縁側に運んできた。
「お台所で食べるよりも縁側でみんなで食べる方が楽しいって初美が言うのよ」
初美さんはドンブリを運んできて次々と饂飩のようなものをよそっていった。
味噌のいい香りがした。太めの煮込んだうどんと芋や人参、大根などが入っていた。
「これがホウトウですか・・・名前だけ聞いた事はありますが食べるのは初めてです。」
よし乃が眼を輝かせながら言った。
「婆さん張り切って昨日の内から小麦粉をこねて寝かしておいて、今朝がたうどんに打ったんだよ。私もホウトウはひさしぶりだな。」
津村さんはなんだか嬉しそうに言った。
「あの・・・このうどんのようなモノの名前をホウトウって言うんですか。」
勝彦が恐る恐る聞くと、
「甲州の人達はご飯の代わりにこれを良く食べるのよ。
 お出汁に季節の野菜を入れてみそ味で煮込んで、そこに生のうどんを入れて炊くの・・・
 お野菜に南瓜を入れると特に美味しくなると言われているけれど、今の季節では南瓜はないので残念。」
初美さんが「残念」のところで力を入れて言ったのでみんなが笑った。
勝彦にとっては初めての食感だった。
うどんと野菜とがなじんで何となくとろりとしているように思えた。味噌と野菜が溶け合って独特のうまみだった。
みんなで楽しく昼食を食べるなど何年ぶりだろうかと思った。

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2023-01-16

炎のまち・パチンコ

承前
「よし、勝彦君に我が家を案内してやろう。」
津村さんが、後についてくるように言った。
その広さは小さな村の小学校ぐらい・・・ちょうど山形の学童疎開で通っていた小学校ぐらいはあった。
まず案内されたのは文庫蔵と言って、家の大切なものがしまってあるのだそうだ。
外から覗くと、右側に階段があって二階に登れるよになっていた。
両側の壁には棚がしつらえてあって沢山の木箱が積み重ねてあった。一番奥にも入口があって母屋とつながっているようだ。
文庫蔵に並んでもう一つ味噌蔵というのがあった。
ここは食料品を蓄えておく所で味噌や醤油、漬物などのたるが見えた。外から覗いただけでも味噌独特の匂いがしてきた。
味噌も醤油も漬物も全て自分の家で作るのだと言っていた。
庭の奥まった所にもう一つ大きな倉があって、そこは開け放たれていて、誰かが何か作業をしているようだった。
「ここは米蔵というんだが、今はほとんど米など入っていない。縄や蓆を作る作業場として使っているんだよ。」
米蔵の隣にはトタンの屋根が付いた物置になっていて、薪や粗朶が積んであった。
勝彦は粗朶を見て昨日の武の言葉を思い出した・・・Yの字の形をした木の枝があるのではないかと思ったのだ。
「あそこに積んである木の枝を見せてもらってもいいですか。」
「何か気になるモノでもあるのかね」
「あの、パチンコを作る材料を探しているんです。」
「パチンコと言うと、ゴムで石を飛ばす玩具だね。そうか、飛ばすためにYの形をした木の枝が必要なんだな・・・」
「昨日、友達になった武君という人と枝を見つける約束をしたんです。」
「そうか・・・何年か前に孫の義彦がそれをつくっていたなぁ。今は江田島の海軍兵学校にいっているんだがね。
 そこに在る枝でもいいけれど、枯れた枝だから折れやすいかもしれないナァ・・・
 あの時樫の木の枝はないかと言っていたけど、生木で良ければ切ってあげよう。」
津村さんはそう言って物置からノコギリを取り出して庭の西側にある常緑樹を選んでちょうど良い枝ぶりの所を切ってくれた、葉を落として細い枝を切り払うと、Yの枝が3本ほどとれそうであった。
「友達の分も持って行くといいよ」と言って適当な大きさに切ってくれた。
「そのほかの材料はあるのかね」「実は僕は空襲で全て焼けてしまって、着の身着のままで甲府に来たのでなにもありません。」
「そうだったな・・・パチンコの材料どころではないよな。後で婆さんに言って義彦の着たモノでもあったら持たせてあげよう。」
「有難うございます。パチンコのゴムは友達の武君の家が自転車屋なので何とかなります。
 弾を込める皮の部分はおそらく見つからないのでキレで代用します。」
「そうか、ゴムはパチンコにピッタリの強いのがどこかにあったなぁ、皮も探せばあるぞ。」
津村さんは子どもの時代を思い出したように生き生きとして目を輝かせていた。
「初美の髪も終わりましたから、ご飯にします。そろそろいらしてください。」
津村さんの奥さんの呼ぶ声がした。 縁側に行くと、よし乃と初美さんが椅子を片付け、縁側を掃除していた。
初美さんは肩まであった髪を短く切っていた。
なんだかすっきりして勝彦には初めて会った時の印象と違って見えた。
自分よりもそんなに年が離れているとは思えなかったが、すっかり大人びて美しく変身していた。
唇にはうっすらと紅が引かれていて大人の女の人の証のように思えた。
勝彦はポカンと口を開けたまま、その顔に見惚れていた。




           

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2023-01-15

炎のまち

承前・ころがき
「私は支度をするから、勝彦は遠慮なくいただきなさい。」
よし乃はそう言って、持ってきた包みの中から白い大きな布とバリカン、鋏、クシそして剃刀を取り出した。
勝彦は縁側に座って遠慮なく、菓子鉢の中から大きそうな干し柿を取って口に入れた。
その甘い事・・・白い粉は砂糖より甘く感じた。こんなに甘いものを口にするのは何年ぶりだろうかと思った。
「このあたりでは、干し柿のことを枯露柿というのよ。その白い粉は果糖なの・・・
 枯露柿の中から噴き出したお砂糖のようなものなのね」
女の人は優しい声でニコニコしながら教えてくれた。
「勝彦君というのね・・・私は初美というの。今年の3月で女学校は卒業して、東京の女子大に行く予定なの。
 合格はしているのだけれどまだ入学の知らせが届いていないのよ。多分、空襲にあって学校が焼けてしまたのかしらね・・・」
なんだかあきらめているような言い方だった。
「初美という名はおじい様がつけたのよ。孫の中で一番初めに生まれた女の子で美しく育つようにって付けたんですって。」
初美さんはそう言って、津村さんの方を見ながらコロコロと笑った。

津村さんはすでに白い布を身体にかけて待っていた。
「お嬢さん申し訳ありませんがお湯を沸かしておいていただけませんか。おじい様の髭剃りの時に熱いタオルで蒸しますので・・・
 お湯を運ぶのはこの子にやらせてください。」
そう言いながら、津村さんの後ろに立って鋏を使い始めた。
「家の人は散髪にはうるさいのよ。バリカンで刈ってしまえば簡単なのに、
 鋏で切ってもらわないと、ご自慢の髭とのバランスが悪くなるんですって。」
奥様が笑いながら説明してくれた。
「よし乃さんは一回やってもらってお気に入りになって、今日が二回目なのよ。」
確かに髭の手入れも含めて本職に散髪をしてもらわなければ整わないというこだわりは勝彦には分かるような気がした。
よし乃の鋏の使い方はリズミカルで、手際も良かった。勝彦は久しぶりその技に見とれてしまった。
「ぼんやりしていないで、落ちた髪の毛を始末しなさい。そろそろ髭剃りにかかるから、お嬢さんにお湯を用意してもらいなさい。」
そう言った所にタイミングよく初美が縁側にヤカンを運んで来てくれた。
それを、勝彦が洗面器に注いで水で少し温度を下げてタオルを入れて蒸タオルにした。
よし乃が蒸タオルを受け取って津村さんの顔に載せると。
「ウン、ちょうどいい温度で気持ちがいい」と言った。
勝彦は素早く剃刀の刃を研ぐレザーを用意した。
津村さんは散髪を終えてスッキリとしたようで大きく背伸びをした。
「勝彦君、お母さんの手伝い、なかなか気の利いた動きをしていたな・・・これなら立派な跡継ぎになれる。」
と、ニコニコしながら褒めてくれた。
津村さんと交代で初美さんが椅子に座った。
「男の子がウロウロするとお嬢さんも気が散るだろうから今度は手伝わなくてもいいよ。御屋敷周りでも見せてもらいなさい。」
初美さんは髪を梳いてから少し短く切るのだそうだ。
勝彦は、今のままで充分に似合っているのに・・・と思った。


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2023-01-14

炎のまち・津村

承前・散髪

汽車は何度も停車を繰り返しながら、北に向かって進んでいった。
そして、停まるたびごとにあえぐような音を立てた。
ちょうど、甲府盆地の西側の屏風のようにそびえたつ山なみと並行しながら走っていく。
勝彦は一昨日よし乃と甲府の城跡から見た山々が進行していく列車の左手に大きく迫ってくるように思えた。
そして、まだ3日しかたっていないのに、甲府に来たことがずっと前のような気がした。
韮崎の駅に着いたのが8時半頃。
ちょうど津村方面に行く木炭バスがエンジンをかけている所で、木炭独得のガスの匂いがあたりに漂っていた。
ようやっとエンジンがかかり、バスが出発したのは9時頃で、乗客は10人ほどであった。
道が舗装されていないためにガタガタと揺れながら走って行った。
やがて急こう配の坂にかかると停まってしまい、乗客たちは降りてエンジンの負担を軽くし、後ろから押していった。
何度かそんなことを繰り返して津村の集落のバスの停留所に着いた。
バスを降りたのは勝彦とよし乃の二人だけだった。勝彦にはそこは別天地のように思えた。
バスが走って来た南側を残して周囲を山が囲み、こここそお盆のような地であると思えた。
目の前に緑の茎と葉を茂らせた麦畑が広がっていた。
ところどころに菜の花も咲いている。
今が戦争中であることなど忘れてしまうようなのどかな風景である。
北側には学校があった。
畑地よりも一段高くなった所に校庭があり、その周りを見事な桜の樹がぐるりと囲んでいた。ちょうど5分咲きというところだった。
校庭から更に高くなったところに南に向かって校舎が建っていた。
向かって右側の校舎は古い建物らしく、洋館と呼ばれるような独特な様式だった。
玄関の上にバルコニーのような所があって、二階の屋根の上に物見台のような四角い建物が載っていた。
「あの建物は明治の初めにこの学校が開かれた時に建てたものだそうよ。」
「今でも使っているのかなぁ。」
「母さんも中に入ったわけじゃないから分からないけれど多分何かに使っているんじゃない。」

バスの停留所から東の方向に歩いていくと、40軒ほどの家が建ち並んだ集落がありちょうど真ん中を小川が流れていた。
どの家もしっかりとした造りで、屋根瓦が載っていて、裕福そうに思えた。
そして、集落の中央に位置するところに築地塀に囲まれたひときわ立派な家があり大きな門の柱に「津村」の表札がかけてあった。
門を入ると、70歳ぐらいの老人が庭先に立っていた。
がっしりした体つきで背筋もピンと伸びていて、立派な髭を蓄えていた。
「よく来たな。もうそろそろ来るんじゃないかと思っていた。さっき、バスの走り去る音がしたからな。」
津村さんの声は低いけれど優しげであった。
「助手を連れて来たのか・・・息子さんだな、よう似ている・・・名前は何という。」
「斉木勝彦と言います。4月から6年生になります。」
「オウオウなかなかハキハキしていていい子だな。」
津村さんはニコニコしながら褒めてくれた。
すでに、縁側の前に散髪用のいすが置いてあった。
地元の床屋さんが店を閉めてしまったので、借り受けてきたのだそうだ。
「午前中に家のモノの散髪をして、午後からは近所の衆を三人ほど頼む。帰りのバスは3時半だから間に合うだろう。」
そう言って椅子にどっかりと座った。
すると、玄関が開いて品の良い年かさの女の人が出てきた。
「お父さんそんなに急がなくてもいいじゃないですか。遠い所から来たのだから一休みしてもらってからにしなさいよ。」
「いえ、良いんです。明日はこの子の学校がありますのでどうしても今日の内に帰らなければならないんです。」
「そうは言ってもお茶の一杯ぐらい飲んでからにしなさいよ・・・」
そう言って、奥の誰かに声を掛けた。
すると、若い女の人がお盆をもって奥から出てきた。
「甲府の女学校に行っていた孫なんですよ・・・ちょうど卒業して帰ってきているんですよ。
 後でこの子の頭も結ってあげてくださいね。」
女の人は勝彦よりいくつか上に見えた。色が白く細おもてで涼やかな目つきをしていた。
チョット恥ずかしそうにしていたが
「おあがりなさい。」
と言って、お盆にのってる菓子鉢から白い粉を吹いた干し柿を勧めてくれた。ニッコリ笑うとえくぼができて可愛らしかった。



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2023-01-13

かんぞうだより。待合室

最後








昨日は消化器外h放射線科診療があった。
消化器外科の診療は一応は2時となっていたが、その時点まだ午前中患者が10人いると言われた、消化器の診療をうけるあいだに放射線科の検査をすることないなっていた。
しかし、その準備が放射線科の検査もその準備が厄介で結局消化器科の診療は終わってからとなり全ての検査が終わったのが6jiをまわっていた。
普通なら、こんなに待たされ足りすると腹を立てるところだが医師が、この時間まで頑張っていると思うと腹も立たなかった。

今回の治療は肝臓がんでは管理珍しい事例ら消化器内科の医者は期待をかけているようだった。
放射線科の方は体の全面にマークを付けて放射線を正確にあてる位置を決めていた。
「放射線科に集まる患者はほとんど癌治療ですよ」と医者はこともなげにいった。
10年も前ならがんを告知するかどうか医者は悩むところだったが、今はあっけらかんとしている。
それだ認知されている病気なのかもしれない。

結局すべてが終わったのが6時で、あれだけにぎわっていた待合室も電気が落とされだれもいなかった。
結局会計もすでに退室しているらしく、次回に回されることになった。
東海大大学病院の一日の最後を2度経験したが,深閑として心細く、3度目は願い下げにしたい。






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2023-01-12

炎のまち

「お前さ・・・明日一日家にいてもしょうがないから、母さんと一緒にお得意さんの所に行かないかい。
 甲府から北の方にある津村という所だけれど、良いところだよ。
 甲府から汽車で韮崎まで行って、それからバスに乗るのだけれど、5時起きしていかないと商売できないからね。
 あさっては学校だから向こうに泊まる訳にもいかないので11時頃あちらに着いて、3時頃には向こうを発つようになるけれどね。」
勝彦は勿論、異存はなかったので大きくうなずいた。
「お得意さんの家はすごいのよ、昔は武田信玄の家来だったそうなんだけれど、まるでお城のような立派な家に住んでいるの。
 戦争がはげしくなるまでは甲府に住んでいて幸江さんの所のお得意さんだったんだって。」
あちらに疎開してから月に一度散髪に行くようになったが、幸江さんのご主人が出征してしまったので行けなくなったところで、よし乃が代わりに行くことになった。
「ずいぶん気に入られたのよ。津村さんというんだけど、ご近所の人も集めて置いてくれて散髪するの・・・
 散髪代の代わりにお米やお芋や野菜をくれるのね。お前が一緒に行ってくれれば母さん大助かりだよ」



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2023-01-11

炎のまち

承前
家に帰ると台所ででよし乃が何やら煮ていて、部屋にこもっていた酢の匂いがかき消されるような好ましい匂いだった。
「お店に行ったら、今日はお客が午後からはないので帰って良いって言われたのさ。その代り明日は朝からお得意さんの所に出張で散髪に行くことになったのよ。汽車とバスを乗り継いで3時間ばかりかかるところだけどね。お前は今までどこに行っていたのさ。」
「幸一さんが友達になるようにって紹介してくれた鍛治町の自転車屋の武君という人の家。」
「そうかい、幸江さんも親切だけど、幸ちゃんも本当に優しい子だね。」
よし乃は少し涙ぐんで言った。
「母さん今何を煮ているの。玄関を入ったところから良い匂いがしてきた。」
「昨日、幸ちゃんが親方の所からもらってきた棒だらをおすそ分けしてもらったから、里芋と一緒に煮ているのよ。実はね昨日の夜からずっと水につけておいたのさ」
「あの強烈な匂いがしたやつがこんないい匂いになるの・・・」
「昨日、幸ちゃんが親方の所からもらってきた棒だらをおすそ分けしてもらったから、里芋と一緒に煮ているのよ。実はね昨日の夜からずっと水につけておいたのさ」
「あの強烈な匂いがしたやつがこんないい匂いになるの・・・」
「棒だらは煮るのに手間がかかるのよ・・・水に何時間もつけてもどしてから炊くの。本当はエビイモと一緒に炊き合わせるといいんだけれど。里芋でも美味しく炊けるのよ。ちょうど、幸江さんの所にケンチンを炊いた時の残りがあったのでもらってきたの。」
「その棒だらの煮つけオレは食べたことはあるかなぁ・・・」
「多分食べてと思うけど、お正月の時にしかやらなかったし、お前がずっと小さいとkだったからね。実はね父さんが好きで正月には必ず作っていたけれど、戦争が始まってからは材料が手に入らなかったからね」
勝彦は小学校に上がる前に食べたことがあるような気がしたが味は覚えていなかった。
けれど、ずっと忘れていた父さんのことを思い出した。
「お前さ・・・明日一日家に居ても
しょうがないから、母さんと一緒にお得意さんの所に行かないかい。甲府から北の方にある津村という所だけれど、良いところだよ。甲府から汽車で韮崎という所まで行って、それからバスに乗るのだけれど、5時起きしていかないと商売できないからね。明日は学校だから向こうに泊まる訳にもいかないので11時頃あちらに着いて、3時頃には向こうを発つようになるけれどね。」
勝彦は勿論、異存はなかったので大きくうなずいた。
「お得意さんの家はすごいのよ、昔は武田信玄の家来だったそうなんだけれど、まるでお城のような立派な家に住んでいるの。戦争がはげしくなるまでは甲府に住んでいて幸江さんの所のお得意さんだったんだって」
あちらに疎開してから月に一度散髪に行くようになったんが、幸江さんのご主人が出征してしまったので、行けなくなったところで、よし乃が代わりに行くことになった。





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2023-01-10

かたくら通信・誕生日

79歳







1月10日はタカコサンの誕生日である。 
今から79年前の今日森家の長女として生まれた。
時は敗戦の一年半前で物資が欠乏していたに違いない。
それから年月を重ねて私と出会い結婚したわけだが、その年月も54年を重ねている。
54年間大きな波風があったわけではないがこのところの生活を見ると、完全におんぶにだっ子状態である。
特にこのところ私が大学病院に通うことが多く、必ず付き添って貰うことが多くなってしまった。
今日ぐらい迷惑をかけないで自分で何でもしようと思ったが、保険のことで付き添ってもらうことになってしまった。
実はサプライズとして夕食に「うなぎ」を食べに行こうと思っていたが、予約をすると今日と明日は臨時休業とのこと。
せめてお花でもと思ったがお茶のお弟子さんが花束を届けてくれた。
結局、謝意を表すことがないまま一日が暮れていこうとしている。
何にもしてやることはできなかったが感謝の気持ちだけはあることを伝えたい。






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2023-01-09

卯年かたくら通信・なくしもの

めがね








7.8日のお休みの日はメガネ探しに明け暮れた。
金曜日の夜までかけていた眼鏡が忽然と消えてしまった。
土曜日の朝いつも通りにかけようとしたが、所定のいちにないのだ。
切れ切れの記憶では枕元に投げ出したようなきがする。
しかし、どこをさがしてもでてこない。
ぞんざいに扱ったために神隠しにでもあったようだ。
あらゆる可能性を考えて探したがでてこない。
今も、古い眼鏡を取り出してかけている。
目の状態は右目な緑内障でほとんど見えないので、古い眼鏡で結構用が足りている。
タカコさんは普段使いのモノはよいものを買いなさいと言っているが縁とレンズで10万円はいたい。
ともかく新しいものを買うかどうかはしあんちゅうである。

メガネ探しと同時にブログの下書きを本文に入れる入れ方を忘れてしまった・・・
タカコサンに聞いても私は知らないと言われた。
いよいよボケが始まったのかもしれない
普段当たり前のようにやっていたことが出来ないのはショックである。
呆然としてしばしキーボードの前で思案した。
結局、気持ちを落ち着け順序をたどってナントカできるようになったが・・・
これからこのようなことが増えるに違いない。
順番を別の紙に書いておくことが必要なようだ

ボケの前兆はこのほかにたくさんでてきているぞ・・・・・



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2023-01-08

かんぞうだより・おみまい

教え子






一昨日、肝臓のことを書いたので心配して八王子在住のMさんがお嬢さんを連れてお見舞いに来てくれた。
Mさんは今から40年ほど前に世田谷の小学校で教えた人だ。
なんとなく細い糸でつながっていて、時折電話で話したりしていた。

私があきる野市から転任して行って初めて受け持った人なのだが、絶対に担任にはなってほしくないと思っていたそうだ。
理由は新任の挨拶で朝礼台に上った時の印象がすこぶる悪かったのだそうだ。
それがドンピシャリで4年生から6年生までの担任となってしまった。
この学区域は戦争中に陸軍の偉い人が住んでいて、彼女の祖父も陸軍の最高位まで上り詰めた人で戦中戦後の歴史の中に登場している。

世が世なれば私ごときが側にもよれない人のお孫さんだったのだ。
それがあろうことか名前で呼びつけるし、「お前」呼ばわりをしていた。
彼女は生まれてこの方「お前」などと言われた経験もないし周りでもそんな粗野な言い方をする人は誰もいなかったという。
今も、夫君さえもちゃんとした呼び方だそうだ・・・・小学校で3年間も付き合っているといつの間にか粗野にも慣れてしまったらしい。

昨夜は、足の裏のツボに塗ると効くという薬をくれて、肝臓関係の注意事項を話して帰っていった。
有難いことである。






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2023-01-07

かんぞうだより・肝臓がん

放射線治療








12月中頃より空腹になると胃がしくしくするようになった。
そこでクリニックの水曜日担当のM先生に相談すると、一度胃カメラをやった方がいいかもしれないといわれた。
「あなたの場合、貧血の症状が治らないのはもしかすると、胃か肝臓から出血しているかもしれない」と言われた。
そこで、次の日八王子駅前にある「おなかクリニック」に行ってみた。
ここは昨年胃カメラと大腸内視鏡をやったところである

順番が来て担当医に病状を訴えるとおなかの触診をしてすぐにCTをかけた。
結果、肝硬変を起こしていて癌もあるかもしれないので大学病院に行くように言われた。
そこで紹介状を消科器内科に書いてもらった。
早速、東海大病院にいって診察を受けたところ、肝硬変と癌は間違いないと言われた。
とりあえずは放射線科で診てもらって、治療方針を決めましょうと言われた。
ただし放射線科の医師がどのような判定を下すか・・・私の癌は4センチほどで放射線治療は無理かもしれないと・・・

暮れから正月にかけて正直生きた心地はしなかった。
1月5日。予約の時間に行って診察を受けた。
確かに肝臓に癌がある・・・治療方法としては、迷わず放射線の方を選んだ。
まだ治療が始まった訳でもないのになんとなく気が楽になった。
放射線は5日連続でかけるのだそうだ。






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2023-01-06

かたくら通信・タブレット

故障






キーボード故障のため文書がにゅうりょくできませんでしたs。
友人にきてもらって復旧。

昨日病院に行って肝臓がんのちりょうがきまりましたs。
放射線治療で5回しょうしゃします。
延命ができそうです。
yodaさんの投稿 - 12:06:18 - - トラックバック()

2023-01-05

炎の夜・ゴムカン



タケシの家は金山神社から歩いて5分ほどの所にあった。
二階建の一階半分が土間で、店兼作業場になっていて店のガラス戸は閉まっていた。
店には古い自転車が2台だけあるだけで、作業台にはパンク修理の道具だけが出ていた。
「自転車屋と言ったって、売る自転車もないし、親父も去年出征したから、
 母ちゃんだけではパンク貼りぐらいしか出来ないから商売になんかならねえよ」
そう言って、タケシは勝彦を家の中に招じ入れた。
店の奥が上がり框になっていて、居間があり、その奥にお勝手があるようだった。
店の脇に階段があって、タケシはそこを上るように言った。
階段を上がってすぐ右側に一部屋あってそこがタケシと誰かの共用の部屋のようだった。
「兄貴と一緒だから窮屈でしょうがねぇ・・・兄貴は工業学校の3年だけど、16歳になったら予科練に行くって言ってる。
 俺としては早く16になってほしいよ。今は動員で毎日工場に言っているけどな。」
部屋はきっちりと整頓されていて、タケシの窮屈が分かるような気がした。
タケシは押入れを開けて、木の箱を大事そうに取り出した。
「これ、俺の宝物だ。特別見せてやる。兄貴にみつかったら没収されるから隠してあるんだ。」
箱の中には懐かしい玩具類が入っていた。ビー玉、メンコ、けん玉もあった。特に下の方に隠してあったのはベーゴマだった。
「ベーゴマは鉄だから本当は供出しないといけないんだけど、これはおれのとっておきの宝だからな・・・」
勝彦もメンコもビー玉もベイゴマも持っていた。学童疎開の時家に置いてきたが、全て3月10日の空襲でなくなってしまっていた。
そして、さらに引き出しの奥の方に、パチンコがあった。
「これ、自分で作ったパチンコなの。」
勝彦が尋ねると、タケシはいぶかしそうな顔をした。
大人の親指ぐらいの太さのY字形の木の枝の両端にゴムが括り付けてあって、弾を込めるところは皮でできていた。
持ち手の所には滑らないように凧糸が巻いてある。
勝彦のパチンコは太い針金製で、父親が作ってくれた物だった。
けれど山形の学童疎開に行くときに隠し持って行ったけれど、誰かが先生に告げ口して取り上げられてしまい返してもらえなかった。
「パチンコじゃねえよ。ゴムカンだよ・・・兄貴が6年の時に造ったものをくすねて取ってあるんだ。
 残念だけど、右と左のゴムの長さが違っていて使い物にならねぇ。そんでこれを分解して自分で作ってみようと思ってる。」
「そうなんだ、甲府ではパチンコのことをゴムカンて言うんだね。オレも持っていたけど今は勿論ないよ」
勝彦は残念そうに言って、ゴムカンを持たしてもらって、空撃ちをしてみた。
たしかにちょっと違和感があったが、Y字の本体も持ちやすくできていた。
「そうだ、いつか一緒に材料あつめて作らねえか・・・・」
タケシが眼を輝かせて言った。
「ゴムは家に自転車のチューブの古いのがあるし、弾を挟むところは皮でなくても何か強い布でも探せばあると思う。
 木は山に取りに行ってもいいや。」
勝彦は思わぬ展開にワクワクしてきた。





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2023-01-04

透析日記・所月

たんたんと








透析の患者にとっては盆も正月もない。
月・水・金をきちんと守り、木・金・土・日の休日を繰り返す。
今年の透析の始まりは2日の月曜日からであった、
クリニックに行っても新年のあいさつを交わすわけでもなく淡淡と治療が始まった。
なんとなく味気ない気もするが、絶対にお互いのプライバシーも侵さないようにしている。

私などはすぐに自分をさらけ出してしまうが、話す相手もいない。
すでに透析を始めて3年も経っているのにお隣のべッドで治療を受けている人の名も知らない。
やはり社会生活をしていく上で病気のことを知られるのは不都合があるからかもしれない。

昨日は最後に受け持った教え子が二人わが家を訪ねてくれた。
今年43歳になるという。
しばし歓談して往時を懐かしく思い出した。
一人は長野から一人は日野からだったがそれぞれの道のりは平たんではなかったようだ。
一人はその日のうちに長野に帰り着いたそうだが、雪が舞い始めていたという。











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2023-01-03

炎の夜・転入

承前
「それで今住んでいるのは、松村小路と書いてあるけれど、あそこには三井という床屋があったはずだが、ご存知ですか」
「はい、私は東京で床屋をしていまして、焼け出されたので若い頃奉公していた店の先輩の三井さんを頼ってやって来たのです」
「そうですか。分かりました、三井の所には幸一といういたずら坊主が居ましたがちゃんと働いていますかね」
「幸一君は穴切りのお店で頑張っているようです。昨日は夜、この子に会いに来てくれました。この子は着たきり雀だったので幸一君のモノを着せてもらいました」
吉野がそういうと、先生はにっこりと笑って
「わかりました、明日は日曜日。学校は4月1日から始まるので、新6年生としてどこかの学級に入れておきましょう。ただ、急な事なので教科書は用意できないので、幸一君のモノがあったら持って来てください。そうそう、私は伊東と言います。新しい6年生を受け持つので出来れば私の組に入れておきましょう。」
よし乃と勝彦は深々と頭を下げて職員室を出て玄関まで行くと、やはり母親に付き添われた小ざっぱりした服装の少年が立っていた。
みるからに賢そうな顔つきで、勝彦と目が合うと軽く会釈をした。
「職員室はどこでしょうか」母親らしい人が尋ねた。よし乃が廊下を上がって左側にあると教えてあげた。
「あの親子も転校生かね・・・なんだか上品で東京の山の手のいいとこのお坊ちゃんと奥様みたいだったね…」
よし乃が言うと、勝彦は小さくコックリした。
「それにしてもドンピシャだった。幸一さんがお薦めの先生で良かった」
「本当だね頼りになりそうな先生で良かったよ」
よし乃は大きくうなずいた。
「お前はこれからどうする。私はこの足でお店に行くけれど、家の鍵を渡しておくから、自分で家に帰りな。
 お昼はゆうべの赤飯の残りをオムスビにしてあるからね。」
「オレは学校の周りを歩いてから帰る事にする。」

校舎は木造の2棟となっていた。
校庭は広いがその大半は耕されていて、畑となっていた。けれど、まだ作物は何も植えられてはいなかった。
西側には奉安殿があってその一角は特にきれいに整備されていた。
南側には土が盛り上げられていて、すでに出来上がっている防空壕があり、作りかけのモノが3基あった。
おそらく新学期が始まると勝彦も作業に駆り出されるだろうな・・・と思った。

家に帰ると台所のちゃぶ台上に布巾をかけてお昼が置いてあった。
昨日の夜の残りの赤飯が三つオムスビにしてある。
味噌汁は鍋に残っていたけれど、温めるのが面倒だったのでそのままにしておいてオムスビだけを食べた。
そのうち慣れるだろうと言っていたけれど、台所に沁みついている酢の匂いにはなかなかなじむことはできなかった。
勝彦はこのままよし乃が帰って来るまで家に居てもしょうがないので、昨日出かけて行った近くの神社に行った。
境内は三角ベース野球なら出来るぐらいの広さはあったが、人影はなくひっそりと静まり返っていた。
勝彦は石造りの拝殿の周りを一回りしてみたが、目新しいモノは何も見つからなかった。
と、神社の鳥居の向こうから少年が走ってくるのが見えた。
どうやら、勝彦に向かって手をふっているようである。
「おまん、勝彦さんか・・・これから家まで訪ねようとしたとこだ。」
勝彦の前に立つと息を切らせながら少年が言った。
昨夜、幸一が言っていた、自転車屋の武ではないかと思った。
背の高さは勝彦よりも少し低いが、がっしりした体つきで、負けん気の強い精悍な顔つきをしていたが、目つきに優しさがあった。
勝彦が大きくうなずくと
「今朝、幸ちゃんが家にやってきて、おまんと友達になるように言ったんだ。
 午前中に一回寿司屋のうちまで行ったけど留守のようだったので、昼飯喰ってまた来てみた。」
「おれ、午前中は学校に転校の手続きに行ってきた」
「そうだったのか、転校は相正学校か・・・」
勝彦が大きくコックリすると、
「それは良かった。同じ学校だ・・・何組になるか分からなかったか・・・」
「伊東先生の組に入れてくれると言っていたけど・・・」
「そうか、たぶん6年は組替えはないので、別な組になるけれど仲良くしてくりょう。」
武はニコニコしながら言った。
「よろしく。オレは斉木勝彦と言います。」
「そんなに堅苦しく言われると、友達らしくないから、俺のことは武チャンと呼んでくれ。
 勝彦君のことは勝っちゃんと呼ぶことにするから。」
「わかった。東京に居た時にも勝っちゃん呼ばれていたのでそれでいいよ。」
勝彦が嬉しそうにそう答えると、さっそく、
「勝っちゃんこれからどこか行くとこでもあるか・・・今日は家には誰もいないから俺んちに来ないか。」
「別に当てもないし、昨日甲府に来たばかりなのでもしよかったらお邪魔させてもらう。」
「お邪魔させてもらうというほどの家でもないけれど、東京の衆は言うことが洒落てるね。」




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2023-01-02

炎の夜

承前
目が覚めると、階段を上ってくる足音がした。
となりに寝ていたよし乃の布団はきちんとたたんで積んであった。
「そろそろ起こそうと思ったところだったのよ。布団をたたんで、押し入れに入れて、ついでに母さんのもお願いね。」
部屋の戸を開けて顔をのぞかせてそう言った。
「下におりて顔を洗ってきなさい。歯ブラシも用意してあるよ。ご飯の支度もしてあるから下の台所で食べるのよ」
勝彦は昨夜夢も見ずに、久しぶりにぐっすりと寝た。
柱時計を見るとちょうど8時になるところだった。急いで身づくろいをして階下に降りて、お手洗いを済ませて顔を洗った。
台所からは味噌汁のいい香りがしてきた。
「昨日炊いた白いご飯の残りと幸江さんの所でもらってきた煮物があるのでソレで済まそうと思ったけれど、みそ汁だけは炊いたのよ」
白いご飯とみそ汁の朝ごはんなど1年ぶりである。少なくとも山形の学童疎開の時は一度もなかった。
「今日は朝のうちにお前の学校の手続きに行ってこようかね。床屋のお客さんも午前中はないみたいだからね。」
「おれも一緒に行かなければいけないかナァ・・・」
「それはそうよ、母さんが転校するわけではないんだからね」
昨夜のうちに幸一の上着を譲ってもらってあった。
学校を卒業の時に着たものだそうだが、ノリが効いていてかすかにナフタリンの匂いがした。
大きさは袖が少し長かったけれど勝彦の身体にピッタリであった。
よし乃も小ざっぱりした上着に着替えて、山形の疎開先の学校で書いてもらった書類をもって2人して出かけて行った。
松村小路から柳町の大通りに出て南の方向に歩いていくと、幅が10メートルほどの川にでた。緑橋と名がついたコンクリートの橋がありそれを渡ってすぐに右に曲がって川沿いの道を歩いていった。
「この川は濁川って言うんだって・・・川というよりもドブ川だね」
よし乃は顔をしかめて言った。流れは淀んでいて、川底には泥が溜まっているようだった。
川沿いにしばらく行くとまた小さな橋が架かっていて、橋を渡った所に小さな荒物屋の店があったが、品物はほとんど置いていなかった。それでも店先にお婆さんが店番をしていた。
よし乃刃が学校までの道を尋ねると、立ち上がって親切に教えてくれた。


校門を入ると正面玄関を挟んで左右にコンクリートの台座があった。どうやらそこには二宮金次郎と楠木正成の像が建っていたようだ。
二体とも金属供出のために取り除かれてしまったようであった。
玄関を上がり転校の手続きに来たと告げると、50歳はとうに過ぎたと思われるようなごま塩頭の先生が出てきた。
カーキ色の国民服を着てゲートルを巻いていて、背筋をぴんと伸ばして二人に対面した。
度の厚いメガネをかけていて、チョビ髭を生やしていたが、顔つきは柔和でメガネの向こうの眼は優しげであった。
勝彦は昨夜幸一が言っていた伊東先生ではないかと直感した。
「山形の学童疎開に行っていたのですか・・・空襲で東京の家が焼けてしまったので、
 甲府にいるお母さんのところにきたというわけか。」
書類を見ながら独りごとのように言った。

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2023-01-01

かたくら通信・継承

山荘







昨日は孫が4人と息子夫婦が八王子に集まった。
例年だと元旦に集まるのだが私の病気のことなどもあって今後のことを年内に決めておこうとなったのだ。
残念ながら孫の次男は仕事の都合で欠席・・・代わりにリモートでの参加となった。
その、今後の事とは八ヶ岳の山荘を今後どうするかであった。
当初はお荷物になるので誰もいらないと言っていたが、私にもしものことがあった時にあたふたするよりもこの際だからはっきりしておこうということになった。
結論は私たち夫婦が元気な間は維持管理はするが、片方が欠けた時には息子夫婦も含めて維持をしていくことになった。

この際だから孫たちに今後どのようにしていくのか尋ねてみた。
長男・三男は今の仕事の延長で東京にいるつもり。次男は近々新しい展開になるかもしれないとの事。
四男は我がブログに何度も登場したシンちゃんだが今は大工見習として頑張っている。彼は大工として独立することはもちろんだが、ゆくゆくは自分の学んだ学校で後輩の指導をしたいのだそうだ。佐渡で学んだ3年間が一番楽しかったようだ。
五男の颯ちゃんは食べ物関係の仕事をしたい。大学でも食品関係を学んでいるので・・・売るよりも魅力的な製品を作り出したい。
実は彼が一番山荘を利用しそうである。

それぞれの夢の実現までは見届けることが出来るかどうか分からないが、ともかく山荘の継承ができそうなので一安心である。




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