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2022-01-15

好奇高齢者の生活と意見・オミクロン

水際







半年ぶりに多摩市に住むY夫妻が訪れてきた。
新年のご挨拶にとお茶をもっての訪問だった。
Y夫妻の夫君は職を辞してから5年経つが今も嘱託員として働いている。
妻君の方は現役の音楽教師で、今年の3月に一応退職という形だが、何らかの形で教職を続けるそうである。
ご夫婦はタカコサンの元同僚で私たち夫婦が月下氷人を務めさせてもらった。
以来、親類同様の付き合いをさせてもらっているが昨年今年と訪問があっても玄関先だけであった。
今回は特に3分ぐらいで帰っていった。
じつはコロナも落ち着いてきたので、妻君の大好きなお汁粉を作る予定であったが、オミクロンの伝播力がすごい。
結局、それもかなわずアンコだけを渡して自分で作るように言った。

どうやら、学校が大変なことになりそうな兆しがあるそうだ。
オミクロンの伝染力は今までと違って子供にも伝播しそうなのだ。
妻君の学校では一人教師が濃厚接触者となり14日間休みだそうだ。
今の学校体制では他からの補充はきかず、学校内のやりくりで教師たちも疲労の色が見えているようだ。
玄関先でのさよならは私たち夫婦を慮ってのことだが、それだけ事態はひっ迫しているのかもしれない。

頼みの綱の前倒しのワクチンの知らせもいまだ届かず私のように老齢で透析などという厄介な身には正直不安である。
今の総理は「水際でオミクロンは食い止める」などと言っていたが、どうやらそんなに甘いものではなかったようだ。
我が国の水際には日本であって日本でない水際があったのだ。
沖縄、山口、広島など「基地」という他国が存在してそこからダダ洩れではないか。
思えば戦後75年も経ち、独立国家であるはずなのに、アメリカ軍の基地が存在する。
北に厄介な国が存在し、お隣には中国、ロシアなどの共産主義というよりも独裁国家が存在し、我が国は今は「基地」によって守られている???
けれどトランプのような人がでると果たして同盟国として守ってくれるのだろうか・・・

オミクロンの脅威にさらされながら、この国のありようを考えている今日この頃である。




yodaさんの投稿 - 18:40:53 - - トラックバック()

2022-01-14

かたくら通信。生存確認

賀状・ブログ







そろそろ、年賀郵便もこなくなった。
かわって寒中見舞いが届くようになって年賀郵便と寒中郵便で今まで付き合って来た人の消息が知れた。
その中に「今年をもって新年のご挨拶をやめさていただきます」という賀状があった。
そちら様の事情だが、何となく縁が切れてしまったようで寂しい気がする。
実はわが家でも「やめようか」の議論があったが一年に一回息災をしらせる手立てのなのでもう少し続けることになった。

と言っても私は日々ブログを書いているのでそれでいいのではないかと思わないでもない。
先日も教え子のHさんから電話があって先生のブログは「生存確認」と言われてしまった。
確かにブログの読者に会うとこちらは相手の事情などほとんど知らないが相手はわが家の事情をよく知っている。
そして私は懐かしいと思うのだが相手はそれほどでもないようだ。

現在、読者のカウント数は今年の3月あたりで延べで700万人になるところだ。
やはり毎日書くという積み重ねはすごいものであると思う、
一日のカウントはこの頃、定着して大体一日2000人というところだろうか。
実はそれが不思議なのである・・・一日のその数がほぼ定着していて多くても2200名ぐらい、少ない時でも2050名ぐらいはやってくる。
絵も写真もないダラダラの文章をよくぞまぁ読みに来てくれると思う・・・
年賀状の中に「ぶろぐよんでいます」と書いてくれる人が20人ぐらいもいる。
毎日来てくれる人が2000人という数が多いのかどうかわからないがどうやらコアな読者は500名ぐらいであとは全く知らない人かもしれない。
読者がどうであれ、命尽きるまで書き続けるつもりではあるが・・・

本当は相互でブログを通してやり取りができればよいのだが・・・はじめの頃それをやって往復書簡のようになってかなり考えが深まったものだった。
だが、一年ぐらいったたころ、誹謗中傷のようなものが入り始めたのでコメントの欄は封鎖してしまった。
そこで一方的な情報の垂れ流しとなってしまったのだ。
自分が書いていることが読者にはどのように届いてるのか知りたいと思うことがある。
ぜひご意見があったら私のメールか、FBのチャットに記してほしい。







yodaさんの投稿 - 10:52:39 - - トラックバック()

2022-01-13

なごみ食堂・白菜鍋

スープ茶漬け







このところ、透析の後、家に帰っての食事がほぼ決まってしまっている。
ほとんど食欲がないので納豆かけご飯なのだ。
それもシンプルに辛子を入れて刻みのネギ・・・特に納豆が好きだったわけではないのだがそれで充分の体になってしまったようだ。
ともかく、あれが食べたいこれが食べたいという欲がなくなってしまったようなのだ。
どうやら、健康だったころの食べ物の記憶がことごとく外れてしまっているのだ。
それでも時折、アレが食べたいと思うことがある。
そのアレとは肉である・・・今日は久しぶりに焼き肉が食べたいと言ったところタカコサンが同意してくれて久しぶりに北野駅近くの焼き肉屋に行くことになった。

しかし、朝の報道番組でオミクロンの猛威がどのチャンネルでも放送され何か今までと違った尋常ならざるものを感じ、焼き肉は断念する事になった。
ならば、何を食べる・・・そこで暮れにMさんが送ってくれた山形の平田牧場のシャブシャブの肉で白菜鍋をすることにした。
わが家の白菜鍋は至ってシンプルで材料は白菜とネギと薄切りの豚肉のみ。
沸かしたお湯にお酒を入れてまずは豚肉をシャブシャブする。
ネギと白菜は適宜入れる。
肉と白菜をつけて食べるタレはポン酢に大根おろしを入れる。

あらかた食べ終わったところでこれからが本番となる。
鍋に残ったスープは味がついていないのでうどんを入れたり餅を入れたりご飯を入れて雑炊にしたりしない。
このスープを熱々のご飯にかけてお茶漬けのようにして食べる。
まずはご飯に揉み海苔を振りかけてその上に適宜食塩を振る。
そしてくだんのスープをかけるのだ。
さらさらと何杯もいける・・・我が家ではこのスープかけご飯が食べたいために白菜鍋をするのである。
しかし、スープを惜しんで翌日まで取っておいて食べようと思っても、豚肉の臭みが残ってしまいご飯にはなじまない。

今夜もおいしく白菜鍋を食べた。
そしてスープかけご飯も焼き肉に匹敵するほどおいしかった。
久々に食欲がもどったようだ。
菜には姉の所から送ってくれた義兄がつけたという白菜漬けがちょうどよいぐあいに漬かっていて白菜と白菜だけれどベストマッチ。






yodaさんの投稿 - 18:27:21 - - トラックバック()

2022-01-12

読書生活・三河雑兵心得

成長物語







暮れから正月にかけて読む本を探しに行った。
私が今持っているのは時代小説で、特に女流作家の書く物はほとんど読んできた。
特に昨年多く読んだのは、朝井まかてさん、西城奈加さん、別格として高田郁さんなどなど・・・一時期、時代小説ではないが絵画や工芸を題材にした原田マハさんの作品も読んだ。
男性作家のモノも勿論読んでいるがちょっとマンネリ気味である。一時期一世を風靡した佐伯泰英の作品に至っては同じ作品を出版社を変えて再販している。
そんな中で、たまたま行きつけの書店に「2021年この時代小説が面白い」という雑誌があった。
パラパラとめくってみるといつかこのブログで紹介したことのある「羽州ぼろ鳶組」という今村翔吾さんの作品が2位にあがっていた。
この作品はシリーズで江戸の町を守る火消の話で結構面白かった。
それよりも面白い時代小説がある・・・これは読まねばならぬ・・・
この作品はシリーズ化されていて既刊が7巻でまだまだ続きそうである。

主人公は三河植田村の粗暴な農民の茂兵衛である。
周囲と喧嘩が絶えず村の鼻つまみ者で、とうとう殺人を犯してしまう。
それも、あろうことか妹の恋人で村にはいられなくなり、村を逃亡して武家の下働きとなる。
粗暴で喧嘩が強いだけあって雑兵に取り立てられていく。
そして時の運もありながら出世を遂げていく。
特に徳川の猛将の本多平八郎にかわいがられその才能が開花していく。
徳川家がたどった戦にはほとんど参加していき農民上がりとさげすまれながらも鉄砲隊の大将まで上り詰めていく。(6巻目)
正史ではなく雑兵のみた徳川家の戦の歴史と裏面史である。
ある種の成長物語であり読者もはらはらドキドキしながらその成長に付き合う。
また、交わされる会話がほとんど三河弁でその言葉が我が故郷の甲州弁によく似ているのも懐かしい。
今までになかった文体や物語の展開が新鮮で面白い。
これは確かに文句なしの一位である。
今は第6巻を読み、武田家の滅亡のあたりであるが、これから本能寺の変が起こり、有名な伊賀越えの様子も描かれえる。

農民上がりの茂兵衛がどこまで出世できるかも大変楽しみである。





yodaさんの投稿 - 09:45:37 - - トラックバック()

2022-01-11

かたくら通信・戯言

18才・81歳







昨年、ちょうど81歳となった頃に、我が通う腎クリニックの受付に次のような戯言が貼ってあった。

恋に溺れるのが18才 風呂に溺れるのが81歳
心がもろいのが18才 骨がもろいのが81歳
恋で胸を詰まらせるのが18才 餅でのどを詰まらせるのが81歳
まだ何も知らないのが18才 もう何も覚えていないのが81歳

これを読みながらメモしておかなければと思いつつ・・・忘れてしまい気が付いた時にはもう外してあった。
ところが、今年の年賀状の中に高校の同級のT君がこれを書き留めて賀状に使っていた。
思えば今年の3月末日をもって同級生たちがみな81歳となるわけだ。
すでに旅立って逝ってしまった人達も半分近くもいるかもしれない。
コロナ禍であまり情報が入ってこなくなったが、幸い我が周辺の人たちは健在である。
この世代は紀元2600年に生まれ大いなる祝福を受けたが、その次の年に大平洋戦争がはじまり国は衰亡の一途をたどる。
小学校入学は昭和22年で民主教育の幕開けの頃だった。
以来大学卒業まで紆余曲折はあっても民主主義の申し子であった。

18歳の頃は受験のさ中で恋も夢もいったんお預けとなったが、ちょうど20歳の頃に国を揺るがす大騒動がおきた・・・60年安保騒動であった。
時の首相はアホノミクス・・・アホボンの祖父の岸信介。
それから徐々にこの国は右傾化の兆しを見せて行った。
いつかキチンとこのあたりのことを整理しておかなければいけないと思うが・・・

折も折、昨日は成人の日で私の通う腎クリニックのビルのホールと広場は着飾った男女であふれかえっていた。

みんな大人びて見えて、恋の悩みも弱い心もないように思えた。
けれど60年もたてば80歳が間違いなくやってくる。
早晩、成人が18才になるとも聞いている。

幾山も超えてたどり着いた先でお風呂でおぼれたり、餅で喉を詰まらせたりすることのないように幸多かれを祈るばかり。



yodaさんの投稿 - 17:22:57 - - トラックバック()
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