"季節だより風だより・小比企丘陵"

05 / 02

季節だより風だより・小比企丘陵

縄文









昨日拾ってきた土器の欠片の土をブラシで落とした。
埋蔵文化財なので届けを出さなければならないのかどうか多少戸惑いもある。
しかし、道端に捨てられているのは確かである。
遺跡として掘った跡ではなく畑を耕していて小石などと一緒に出てくるものが放置されているのだ。

実はこの地は30年ほど前に大々的に発掘調査がされた。
そして、この丘陵が開発されて、ニュータウンの建設が始まったのだ。
今は八王子みなみ野という駅も出来て、新しい町が誕生している。
横浜線片倉駅から相原駅の間である。
その時、縄文から古墳時代までの遺跡が発掘されて住居跡なども多数発見されている。

この発掘がされている10年間ぐらいの間に、この地を子どもたちと、フィールドにして様々な試みをした。
日野市立第六小学校に勤務している頃で、様々な思い出が残っている。
特に、春の遠足の地として、『まぼろしの探検』と称して、追跡ハイク、オリエンテーリングなどを試みた。
そして、遺跡の見学なども組み入れて、住居のカマド跡や動物をしとめる落とし穴の跡などを発掘の調査の人に説明してもらったこともある。
その折に、学習の資料として落ちこぼれた土器の欠片を貰ったこともある。
今は発掘の現場は埋め戻されて、大きな公園となり、昨年オープンしている。

我が土器の欠片を拾うのは発掘調査をした場所ではなく、私有地で何代も続いている畑地なのだ。
ここは発掘と言うわけにはいかない。
耕作のときに地中からでてくる欠片が道端に放置されていて、それを拾う。
今回の欠片だが、結構良いものがあった。
土器の口の辺りと思われるカーブのある5×7ほどのピース。
縄目の模様がはっきりと出ている5×5ぐらいのピースが2つ。
櫛目模様の3×3ぐらいのピース。
棒のような道具を使って描いたハの字の連続模様のピース。
縄文の模様は実用よりも装飾性や宗教性が強いといわれているが・・・
今から数千年も前の縄文人の手わざの跡であることは間違いない。
ある日ある時、どんな願いをこめて模様をつけたのであろうか・・・

しばし、ブラシの手を止めて思いを馳せる。


yodaさんの投稿 - 16:48:19 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック