"我侭音楽会"

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我侭音楽会

足踏みオルガン








府中に住む友人より『足踏みオルガンと懐かしのオールディーズ』という演奏会の案内をもらった。
京王線府中駅のすぐそばの商業施設の1階催物会場で午後1時〜2時まで開くとあった。
友人は大学の同窓で3年間同じ下宿で過ごした。
卒業後は東京都の公立高校の国語教師を勤めた。
多彩な才能を持っていて、専攻は書道で日展などにも入選した。
趣味は音楽で子どもの時ピアノを習っていたという。
楽譜は読めるし、発声も正確で、和洋楽器はなんでもこなした。
昭和30年代の終わりの頃に短筝を持っていて弾いてくれたのには驚いた。
尺八なども吹くことができたと思う。
50代の頃になって、フォークローレのグループに入ってケナーの演奏をしていると聞いた。
また府中の合唱団のメンバーとしても活躍していたようだ。

演奏会は、『ぐるーぷせぴあ検戮箸いι榁羣濬擦里仲間によるものだ。
オルガン・フルート・ケナーなどを組み合わせて懐かしい音を響かせる。
前回は『府中の森・郷土資料館』での演奏だったと聞く。
今回は演奏を聞くというよりも、懐かしい唱歌を中心にしてみんなで歌おうということだった。
会場は様々な店の入っているビルの一角で,決して演奏会場としては条件が良い場所とはいえなかった。
特に、オルガンの音が周囲の音に負けてしまうので、マイクを通さなければならない。
優しい音色が拡散してしまうのだ。
会場にはパイプ椅子と昔の小学校の木製の椅子が並べてあって、20人ほどが座れるようになっていた。
観客はほとんどが同年ぐらいの人たちだった。
『わかば』『牧場の朝』『みかんの花咲く丘』など歌詞カードを見なくても歌える人たちばかりなのだ。
タカコサンも同行して仲良く隣に座った。
オルガンが鳴り始めると小学3年生まですごした山梨県南巨摩郡静川村立静川小学校の教室がよみがえった。
木造一階建てで、廊下側は障子だったなぁ・・・オルガンが鳴ると障子紙が静かに震える。
昭和22年から24年まで通っていた。
東京の師範学校を出た志村先生が上手にオルガンを弾きこなしていた。

『夏は来ぬ』『ぶんぶんぶん』『茶摘み』そして定番の『ふるさと』まで、気分は小学生となって大声を張り上げた
友人のケナー演奏は美空ひばりの『津軽のふるさと』・・・これが良かった。
思わず知らず涙が出そうになってしまった。

時空を超えて故郷に戻った一時間だった。




yodaさんの投稿 - 17:47:40 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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