"学びの窓・教育実践"

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学びの窓・教育実践

遠足行事






昨夜、6時からの飲み会に誘われた。
参加者は30年前に日野6小で卒業させた人たちだった。
八王子の北口の駅前ビルの9階にある居酒屋で会った。
私のほかにもう一人、当時の担任だったK先生も同席した。
卒業生は男が6名で女が1名・・・参加者は同じクラスの人たちというわけではなくて、クラスを超えた集いだった。
ちょうど42歳で、私が彼らを教えた時の年令と同じなのだ。
実に、30年ぶりの再会という人もいた。
はじめは誰が誰だかわからなかったけれど、良くしたもので10分もすると5・6年生当時の顔が蘇ってきた。
中に、卒業アルバムを持ってきてくれたS君いて、いろいろな思い出話に花が咲いた。
彼は、2年間の行事の中で行った遠足や林間学校、移動教室、宿泊訓練などのシオリ(行事の日程や計画を綴った冊子)も持ってきてくれた。
それも、全てを大事にとっておいたそうなのだ。
それらのしおりはほとんどが手書きの印刷で私が手がけたものだった。
私はシオリにはすごくこだわって,表紙や題字、挿絵などはゴシックの活字を拾ってコピーしたり、挿絵も物語などの絵の中から選んで印刷した。
普通は子ども達に作らせたりするのだが、へたくそな字や稚拙な挿し絵だと、終わった後にゴミにしてしまう。
そこで、表紙の紙なども厳選してきちんとした製本もした。
その一冊を小学校時代の思い出としてとっておいてほしいと思ったのだ。
S君は私の願いをちゃんと汲んでくれたのだ・・・それだけでも嬉しいことなのだ。
シオリを紐解くと、具体的な当時の思い出がよみがえる。
彼らとの二年間は実にいろいろな行事を組んだ。
遠足などは全て、ゲーム化して「オリエンテーリング」「追跡ハイク」「課題ハイク」などなど、現地に行くまでの過程を楽しんだ。

5年生の移動教室は箱根だったが、中小企業スポーツセンターという宿泊施設を借りて、様々なゲームを楽しんだ。
圧巻はキャンプ・ファイヤーで事前に1mほどの角材に古タオルを巻きつけてトーチを作ってひとりひとりに持たせて光のうずを作った。
S君のもって来てくれたアルバムにはその写真が載っているが、良くぞあそこまでやったと思う。
トーチの先には石油をしみこませてそれに点火して150人にも及ぶ子ども達が行進するのだ。
ふざけたりすると、やけどや、怪我をする可能性もあるのだ。
今の、学校では絶対に許可されないことである。
いや、当時の学校だってそこまでは許可しなかったのだけれど、それを当たり前のようにやってしまった。
子ども達もそれが当たり前だと思っていたようだが、自分が親になってみて、その体験はかなり特殊であると気がついたようだ。
子ども達の中に強烈な思い出として残っているが、私にとっても奇跡のような教育実践である。
一緒にやってくれたK先生をはじめとして同僚たちの協力ナシには実現しなかったであろう。
それに、そのような無謀とも思える実践を許可してくれた校長も偉い。

yodaさんの投稿 - 17:15:01 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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