"かたくら通信・祈りの島余話 3"

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かたくら通信・祈りの島余話 3

表紙・挿絵







「祈りの島−天草紀行」の表紙絵とそのデザイン、そして挿絵を描いてくれたTOKI君のことを書いておきたい。
彼は1986年に日野6小を卒業したSさんの弟である。
Sさんは5・6年を私が担任した。
TOKI君との出会いは1984年に彼が6小に入学してきた時から始まった。
彼がSさんの弟であることが分って、入学して間もなくのころから声をかけてカマッタ。
TOKI君にしてみれば、見ず知らずの怖いオッサンからいきなり声をかけられて戸惑ったそうである。
それも親しげに「TOKI」と呼び捨てである。
私にしてみれば目を掛けてあげているというような意識があったのだが彼にとっては声が大きくて怖いだけでなく、そばに寄ってくるだけで恐怖を感じおびえてしまったそうだ。
それから私が6小を去るまでの5年間その関係は続き、私の顔を見ると避けるようにしていたとの事である。
それから私は他校に転勤して図らずも図工の教師を拝命することになった。転勤して3年目のことだった・・・日野の清流を守るというポスターの募集があり、私も図工教師として審査に加わることになった。
その時に、中学の部で抜きん出たポスターが一枚あった。
日野を流れる用水とカワセミをあしらったものだった。
名前を見るとTOKI君ではないか・・・しかし、あまりに上手すぎてその年の大賞はもっと素朴な別の人の絵となった。
TOKI君の中学の先生に聞いてみるとその才能は並々ならぬものであると言っていた。
それから年月が経って彼はM美大のデザインに進んだことを知った。
その後某新聞社に就職したが、辞めてフリーで仕事をしていると聞いた。
そこで、ちょうど「ぼくのブックトーク」という本を出版することになったのでその表紙絵を頼んだ所引き受けてくれた。
けれどこの本は出版社のシリーズの一冊で表紙全体は決まっていたのでTOKI君にとっては不消化となってしまったようだ。

私としては彼に納得のいく仕事をしてもらいたいと、5年前に『祈りの島』の出版を思い立った時に表紙と挿絵を思い通りに描いてくれと頼んだ。
何時出版できるかも分らないのに彼は快く引き受けてくれて構想を練ってくれた。
そして、今回の出版となったのだが・・・著者としては素晴らしい出来栄えで、モノ語りを超えてしまったのではないかとさえ思った。
表紙のデザインが洒落ている。
天草の崎津教会の天主堂を描いている。
挿絵がまたいいのだ・・・5章にわたって書かれた物語の章の終わりにさりげなく挿しこまれているのだ。
物語の説明としての絵ではなく各章のキーワードようなものを作者の想いにそって描いてくれている。
それを絵にするには相当の読み込みが必要である。
彼は我が物語を諳んじるほど読んだそうだ。

もう見るのも嫌だ・・・と、笑いながら言っていた。
yodaさんの投稿 - 18:32:39 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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