"東京G散歩・小千谷のY君"

06 / 19

東京G散歩・小千谷のY君

白内障手術






6人の会の中で一番遠くから来るのは小千谷のY君である。
彼のことについては過去に何度もブログで書いているがともかく話の盛りあげ方が絶妙でいつ聞いても面白い。
彼は小千谷総合病院に勤務していて、ちょうど病院長を勤めていたときに中越地方を襲った地震で病院が甚大な被害を受けその再建のために尽力した。
2004年の10月のことである。実は次の年の3月には退職をひかえていたのだが,病院が再建するまではと病院長職を続けたそうだ。

退職してからは今度は病院の理事長職を引き受けて今年の3月まで10年間勤めた。
けれどこの間に病院統合などの問題が起こり、小千谷にあるJAの病院と合併することが決まり最後の5年間はその仕事に奔走したとのこと。
その苦労は並大抵なことではないらしく旧病院で働いていた人たちの雇用が一番の難問であったようだ。
それでも結果として70パーセント以上の人が統合した病院に再就職できたと言っていた。
その数字はかなり稀有なことらしく誇ってもよいことのようだ・・・彼はそこでキッパリと職を辞するつもりだったようだが、旧職員との関係もあるので顧問として残ってほしいと請われて、医者として診察を出来るのならという条件で4月からまた勤め始めた。
わが友ながら、なんとも立派である・・・やはり病院長も理事長も誰でもなれるわけではなくて人望と実力がなければまっとうできないことだと思う。

ところで、そのY君の白内障手術の話だが・・・
ちょうど75歳となったある日右の目にごみのようなものが入ったような気がしてどうにもあたりが見づらいので自分の病院の眼科で診察を受けたのだそうだ。
すると、担当医から白内障であると診断されて手術の用ありといわれた・・・そこで彼は
「白内障なんて年寄のなる病気ではないか」と言いはなった。
すると医者をはじめ看護師や周囲に居た人たちがクスクスと笑い始めたという。
「先生、75歳は充分に年寄ですよ・・・」と、
そこでクスクスが爆笑となってしばらく病院での語り草となったようだ。
また、手術の時には緊張してカチコチにかたっまて看護師から何度も注意されたとか・・・
「自分が手術の執刀をするときは平気で患者にメスをいれるのになぁ・・・」
75歳にして手術される側の気持ちを実感したようである。
初めて眼帯を取ったときその世界の明るさに驚いたと言っていた。
また手術はなるべく若い人にやってもらったほうがよいとのこと・・・ベテランや高名な医師は白内障など手術のうちに入らないと慢心があり失敗もありうるのだそうだ。
いずれにしてもY君の話に勇気をもらったようにおもう。

yodaさんの投稿 - 17:24:48 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック