"八ヶ岳南麓だより・平和祈念式典"

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八ヶ岳南麓だより・平和祈念式典

メッセージ







8月9日、長崎の平和祈念式典の模様をテレビで見ていた。
まずは長崎市長の平和への誓いは核兵器禁止条約の採択について語り始めた。
この条約はヒロシマやナガサキの被爆者の努力が形になったもので「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと言った。
けれど、日本国は核保有国と非保有国の橋渡しをするといいながら、条約交渉会議にすら参加していない。
唯一の被爆国として一日も早い参加を目指してほしいと訴えた。
各国リーダーが被爆地を訪れ原子雲の下で何が起きたか、見て聞いて感じてほしい・・・怖いのは無関心、忘れること、平和のバトンをつないでほしいと・・・最後に長崎は福島原発事故の被災者に寄り添い応援します・・・核廃絶と恒久平和の実現に尽力しますと、結んだ。

続いて被爆者の代表の深堀好敏さんの「平和への誓い」。
彼は16歳で爆心地から3.6キロ離れたところで被爆し、18歳の姉をなくす。
8月9日の11時2分の原爆投下から12日に母と弟と3人で姉を荼毘にふすまでの記憶を克明に語る。
そして、「核は人類とは共存できない」と言い切る。さらに、2011年3月の東京電力の福島第一原子力発電所の事故について、国内の原子力発電所は一斉にその脅威おびえて停止したにもかかわらず、また事もあろうに原発が次々と再稼動していく。
深堀さんは地震多発国のわが国にあってはいかなる厳しい規制基準も地震の前には無力と言い切る。
そして、原発偏重のエネルギー政策を自然エネルギーに軸足を移すべきだと訴える。
彼は今、原爆で生き残った有志と原爆写真の収集を始め4000枚にも及ぶ収集検証をしている。
原子雲の下で起きた真実を伝える写真の力を信じてこれからも被爆の実相を伝えたいと結んでいた。
写真の力といえば同じ長崎で写された死んだ弟を背負い直立不動でたって荼毘の順番を待つ少年の姿を思い出す。
少年は唇を噛み血がにじんでいたという・

最後に、安部首相の挨拶があったが、その言葉の空疎さにあきれ果て、最後まで聞くに耐えなかった。
市長や被爆者代表の切なる願いになにも応えていなかったのだ。
そして、8月6日のヒロシマの式典で語ったことと同じようなことを話していることに気がついた。
どうやら原稿の使い回しをしている節がうかがえたのだ。
論語の言葉に「巧言令色少なし仁」とあるが、言葉だけをつくろい一連の不祥事を乗り切ろうとしている顔と同一なものが見えてきていた。

すくなくも言葉の中に仁は見えなかった、

yodaさんの投稿 - 17:14:11 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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