"かたくら通信・モモちゃん帰る"

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かたくら通信・モモちゃん帰る

記憶






海鮮ピザのスペシャルを3,5人で食べたのだが、ちゃんと1ピースは完食した。
せっかく用意したのだからと大好きだというバナナも食べさせた。
孫が遊びに来てくれてやれ食え、それ食えとサービスするジイさんの気持ちを久しぶりに味わうことが出来た。
やはり同じ食卓を囲むとグッと距離は近くなるモノで人見知りの垣根はとれたようだ。
さて、いよいよ仲良しになろうかという所で、腹がくちくなってきたので、眠気が差してきたらしい。
そして、ソファーに寝かせるとスーと眠りの国に入って行ってしまった。
数日前から「おじいちゃん先生の家に行く」と言っていて、かなりテンションが上がっていたのでいざご対面となってくたびれてしまったのかも知れない。
それにしても安心しきって寝入ってしまったその寝顔が可愛い。
2歳半から3歳ぐらいまでは言葉を一通り覚えて意思の疎通ができるようになり好き嫌いもはっきりしてくる時期で子ども時代の中で一番可愛い時かもしれない。

70数年もたった自分の子ども時代を思い返してもすでに遠い記憶の底の底に眠ってしまっているが、一番古い記憶は何だろうかと考えてみた。
はっきりと年月日まで分かる事がある。1943年12月1日の事である。
この日、叔父が出征する日で故郷切石の家で激励会の祝宴が開かれた
この時の写真が残っていて、この写真を「ぼくってだれ」という絵本に使った。
写真の裏に日時が記してあり、その前の日がわたしの3歳の誕生日だった。
この祝宴には多くの人が招かれて尾頭付きや赤飯なども出て賑やかだった。
そして宴が終わって誰もいなくなった座敷に入ってお客が残したお酒を飲んだ。
当然酔っぱらって、気持ちが悪くなった。
いよいよ叔父を町はずれのバス停に送る時には誰かに負ぶってもらっていた。
それ以来アルコールを受け付けない体質になってしまったのかもしれない。

モモちゃんは2時半頃に目が覚めたが、未だもうろうとしているようだった。
けれど、台風が関東地方にも接近してきているので早めに帰った方が良いと3時にはお別れとなった。
この日一日の出来事は夢の中に溶けてしまったかそれとも良い思い出として残るかそれは定かではない。
けれど、昨日Kさんからお土産として持って帰ったコーヒーカップと小さなご飯茶碗で食事をしている情景がラインで送られてきた。
「いただいた食器さっそく使ってます!ごはん完食、『せんせいよろこんでるよー』だそうです」とコメントが付いていた。

あの食器がある限りモモちゃんは「おじいちゃん先生」の事は当分忘れないに違いない。
もし要望があれば他にも何か造って上げるとしようかナァ・・・



yodaさんの投稿 - 16:44:52 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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