"かたくら通信・惜別"

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かたくら通信・惜別

お茶の会





Kさんの引っ越しの事をタカコサンに話すと、「お別れのお茶の会をしたいわね」と言った。
ちょうど水曜日の午後にお稽古があって、その後4時ごろからどうだろうかとKさんに都合を伺うと諾という事だった。
お茶の会にお招きするのはKさんの奥さんのHさんと親しくお付き合いのあった我が家のお隣のKさんと、タカコサンのお稽古に来ている前の家のMさんとした。
ちょうど4時にKさんが見えたのでお茶室にご案内して相客をMさんにしていただいた。
私はお茶については無調法なのでリビングで待つことにして、お隣のKさんを待った。
お隣のKさんはこのところ足の具合悪いそうで正座はままならないから、あとでリビングでお茶を差し上げる事にしたのだ。
Kさん達がお茶室に入って15分ほどしてから、お隣のKさんがお嬢さんに連れられてお見えになった。
こちらは私が応対している間に茶室でのお茶が終わって、KさんとMさんがリビングに戻ってきた。
すると、Kさんが持参した手提げ袋の中から写真立をだして、
「家内も同席させてください」と言った。
亡くなる一年前に撮ったものだそうで、アメリカのワシントンの空港だそうだ。
息子さんがアメリカに赴任していてあちらで初孫さんが生まれたのでお手伝いに行った時の写真だそうである。
こぼれるような笑みを浮かべ小柄ながらスラリとしたスタイルの全身が写り、幸せそのものの姿に後に来る別れなど微塵も感じさせない写真であった。
私はその写真を見るなりウルリときてしまい、いろいろ思い出がよみがえってきた。
彼女は鍼灸の施療をしてくれている間、本当に良く話を聞いてくれた。
特に、子ども達の事で行き詰まっていたことや仕事上の悩み同僚や上司との関係などを笑顔で聞いてくれたのだ。
何かアドバイスをもらうという事ではなく第三者に聞いてもらえるのがありがたくどんなに助けられたことか・・・
タカコサンは同業なのでそのような話はお互いにくたびれるので我が家ではなるべくしないようにしていたのだ。
この地に住んで40余年、いろいろな人と出会い別れもあったが、Hさんは会えるならばもう一度会いたい人なのだ。

ご主人のKさんが今回住まいを選んだ場所の条件の一つである墓所なのだが、実は私達夫婦も同じ墓苑のすぐ近くに墓所を買ってすでに墓石も建てている。
Hさんが旅立って一年ほど経った時にお墓参りに行き、たまたま墓所の売り出しがあってあちらでもご近所づきあいが出来る・・・という事で買ったのだ。
いまだ墓石の下には何も入っていないがそう遠くない将来に近い場所で眠る事になる。

そう考えるとKさんとのお別れもそんなに惜しむべきことではないように思えてきた。


yodaさんの投稿 - 19:42:41 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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