"かたくら通信・風が吹く"

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かたくら通信・風が吹く

レジェンド






いよいよ今年も押し詰まって後一日を残すだけとなってしまった。
この一年いろいろな事があったけれど私にとってはやはり白内障の手術がトピックだろう。
眼が見えづらくなったのは3年ほど前からだが、今年に入って右の目がかなり視力が落ちている事が分かった。
詳しく調べてみたところ白内だけではなく緑内もある事が分かった。
そこで左目だけでも早く手術したほうが良いと思い、11月14日の手術となった。
物が見えづらくなって困ったことはいくつもあるが、一番困ったのは文庫本などの活字が読めなくなってしまったことだ。
そして、夜、眠りにつくための導眠剤がわりに本を読むことが出来なくなって不眠状態が続くようになった。

そこで、眼が駄目ならば耳で・・・といっても(左の耳はかなりの難聴なのだが)、寝る前に音楽を聴く事を思いついた。
そして手持ちの,クラッシク、ジャズ、歌謡曲を聴いてみたところ、たどり着いたのが天童よしみであった。
確か天童については以前にも書いたように思うが、「天童節 昭和演歌名曲選」というCDを20枚ほどもっていて、昭和10年代から60年代に至るまでの有名曲はほとんどカバーしている。
一つのCDに16曲ずつ入っているがそれを独りで歌い上げているので320曲はある。私はそのほとんどが知っている曲であることと、天童節といいつつも彼女の声は癖がなくてのびやかで聞きやすく、心が落ち着くようなのだ。

そのCDをかけて5〜6曲聞いたところで眠りに落ちるようである。
そこで次の日は続きをかけるようにしている。
CDは第1集から聞いていくというわけはなくランダムである。
そんな中で第15集に至った時、どこかで聞いた事はあるのだけれど誰のカバー曲であるか分からないインパクトのある曲に行き当たり、気になって眠れなくなった。
曲名は「風がふく」・・・
 おれの生まれたあの村は海山千里に風が吹く 
 さらばさらばと風が吹く風が鳴り鳴りふいてくる
この詞をギターの伴奏で歌っているのだ。
何とも哀切で聞いていて涙が出そうになった。
そこで、調べてみると天童よしみ自身の歌である事が分かった。
天童が『全日本歌謡選手権』を勝ち抜いたその10週目に歌った歌であった。作詞は竹中労、作曲は木村好夫である。
竹中はこの番組のレギュラーの審査員で天童を絶賛し、天から授かった童と言う意味を込めて彼女の名付け親となり、最終の週にこの曲を贈ったのだという。
実は私はこの番組をリアルタイムで見ていて天童を応援していてそのころからのファンなのだ。「風が吹くは」天童よしみという芸名となってのデビュー曲でもあった。

ところで、この作詞者の「竹中労」であるが、当時は芸能ルポのような仕事をしていたようだが、後世に残るような芸能に関する著作を何冊も残している。
そして・・・実は彼は我が高校「甲府一高」のレジェンドでもある。
甲府一高がまだ旧制の甲府中学だった時代昭和20年10月に当時の校長を弾劾するストライキを起こす。
その校長は戦中からの人でその戦争責任を問う意味での闘争であった。
ストライキは成功して校長は退職するが竹中も退学となる。
竹中のその後の生き方もすさまじく反権力を貫き通した。
私はその風貌や言動を今も覚えている。







yodaさんの投稿 - 18:05:56 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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