"物語・スミレさんの白い馬"

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物語・スミレさんの白い馬

1945年・3月9日夜






スミレさんは学校から歩いて20分程の所に下宿していました。
下宿屋は小父さんと小母さんの二人暮らしでお嫁に行った娘さんが使っていたという二階の部屋を借りていました。
食事は学校のある日は小母さんが作ってくれました。

学校の仕事を終えて下宿に帰ったのはちょうど6時過ぎでした。
すでにあたりは暗くなり、春とは名ばかりで寒く、3日前には小雪が舞いました。
今日は午後から冷たい風が吹き荒れています。
玄関を開けて「ただいま」を言って二階に上がろうとすると小母さんが顔を出しました。
「スミレ先生なんだか元気がないわね。学校で何かあったのかい。」
と小母さんは心配そうに言いました。
「何かあったわけではないんだけど、また一人子どもが疎開していってしまうんです。小母さんも知っていると思うけど馬屋のミホちゃん」
「ああ、いつか家にも来たことのある、あのおチビちゃん。馬を飼っているのでなかなか大変のようだったけど、とうとう疎開することになったんだね。」
「馬は預かってくれる所が見つかったので、お母さんの田舎に行くことにしたんですって。」
「そうかね、それは良かったけれど寂しくなるね。ご飯はもう支度ができているから、お父さんが帰ってきたらすぐに食べよう。今夜はサツマイモが手に入ったので芋ごはんだよ」

夕食を済ませてから、久しぶりにお風呂に入りました。
お風呂場のガラス戸がガタガタと揺れるほど外は風が吹き荒れていました。
明日はお休みなので、今夜はゆっくりと寝ようと思い暖まった身体が冷めないうちに布団に入りました。
けれど、取り壊しの決まったお隣の家の物置のトタン屋根が風にあおられてパタパタと鳴り、耳についてなかなか寝付けません。
そして、ミホちゃんの泣き顔が浮かんでくるのでした。
6個のオハジキのことを思いました。
オハジキなど、もう手に入れることは出来ないのです。
買おうと思ってもどこにも売ってはいませんでした。ミホちゃんにとっては大事なものだったに違いありません。
そんなことを考えているうちにいつの間にか眠りについたようでした。
すると突然けたたましくサイレンが鳴りました。警戒警報でした。
このところ毎晩のようにこの音で目が覚めますがしばらくしておさまりました。
時計を見ると10時30分でした。
遠くから、B29の爆音が聞こえてきましたがずっと遠くの方に飛び去って行きました。
そして、深い眠りにおちいって行きました。

yodaさんの投稿 - 17:29:53 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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