"物語・スミレさんの白い馬"

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物語・スミレさんの白い馬

1945年3月10日・0時10分






「スミレ先生、起きて、空襲よ!今夜は近いみたい」
下宿の小母さんの声でスミレさんは目が覚めました。
けたたましく空襲警報のサイレンが鳴り響いています。時折、家全体を揺るがすような地響きもしています。
スミレさんは飛び起きると、大急ぎで身支度をしてまず、大切なものを入れてある手製の鞄を肩にかけました。ミヨちゃんに預かったオハジキもちゃんと寝る前に入れておきました。
そして窓際の柱にかけてある防空頭巾をかぶりました。
電気はすでに切れていましたが、窓に炎が映り部屋の中が照らし出されました。
机の上にも押入れの中にも、持って行きたいものが沢山ありましたがあきらめました。
「私たち、先に避難するからね。葛西橋の方に行くから」
小母さんの声はせっぱつまっていました。
玄関の戸が開いて小父さんと小母さんの出ていく音が聞こえてきました。スミレさんは転がるように階段を下りて、後を追おうとしましたがすでに二人の姿は見えませんでした。
空にはおびただしいアメリカの爆撃機がグルグルと周りながら爆弾を落としています。
鼓膜が破れそうな轟音です。いつもならずっと高い所を飛んで飛び去って行くのに、飛行機の胴体がはっきりと見えるほど低く降りて来ています。そこには地上で燃え盛って炒る火が朱く映っていました。そして筒型の爆弾の束を落としていきました。
それがバラバラになって地上に落ちるとすぐに火の手が上がります。
地をゆるがすような音と空気を切り裂く音が次第に近づいてきます。
スミレさんはどこに逃げようか迷いましたが、「何か起こったら、必ず学校に集まるように」という校長先生の言葉を思い出しました。
学校は地域の人達の避難の場所でもあるのです。もしかしたら火を逃れた学級の子ども達に会えるかもしれません。
スミレさんはまだ火の手の上がっていない道を選んで小走りに急ぎました。振り返って見ると下宿屋の方向は真っ赤な炎に包まれていました。下宿の小父さんと小母さんは無事に避難できたのだろうかと思いました。
飛行機の爆音とともに追いかけてくるように、次から次へと爆弾は落ちています。
行く先にも火の手が上がり始めて、火の粉が風に舞い、着ている服にも降りかかってきます。
スミレさんは誰かが落としていった半纏の様なものを拾って、防火用水にひたし頭からすっぽりかぶりました。
と、その時です。強い風が吹き上がって、畳が空を舞って西の方に吸い込まれるように消えていきました。
火の熱で空気が軽くなってそこに強い風がわき上がったのです。
沢山の人達が荒川の方向に避難していくのに出会いました。
誰もが言葉を忘れたように無言で走り続けています。

yodaさんの投稿 - 17:32:17 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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