"物語・スミレさんの白い馬"

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物語・スミレさんの白い馬

1945年・3月10日1時10分






スミレさんは何度も転びそうになりながらも、ようやく六地蔵のある四辻の所にたどり着きました。
けれど、学校には火が回っていて、校舎の二階の窓ガラスが割れて、火が噴き出していました。
間もなく校舎全体が崩れ落ちそうで、とても近づくことはできませんでした。
沢山の人が避難することも出来ず校門の前に茫然と立ち尽しています。
せめて校庭に行ってみよと東門に行くと、爆弾が落とされたのでしょうか防空壕の辺りから火柱があがり油の臭いが煙と共に流れてきました。
きっと、学校には学級の子ども達も来ているに違いありませんがどうすることも出来ませんでした。

スミレさんはあきらめて、下宿の小母さん達が避難して行った葛西橋の方面に行くことにしました。
川のほとりまでたどり着けば火は追ってこないだろうと思ったからです。
火の粉が容赦なく舞い散ってくる中を葛西橋のある東の方向に走り出そうとしたときです。
「スミレ先生」
まだ火の回っていない通りの向こうから声がかかりました。
ミホちゃんとお母さんでした。
スミレさんは火の粉を払いながら近づきました。
ミホちゃんはじっと歯を食いしばって泣くのをこらえてお母さんの手を強く握りしめていました。
「学校には、とても近づけそうにはありませんね。もう一日早く疎開出来たらこんな目には合わなかったのに」
お母さんは本当に悔しそうに言いました。
「これからどちらに避難します」
スミレさんが尋ねると、
「馬を預けた親方さんの所に行ってみます。あそこなら多少広い場所もあるし、家の馬のことも気になるので・・・先生もご一緒にいかがですか」
「私は下宿の小母さん達が葛西橋の方に行ったのでそちらに行ってみます。」
「そうですか、それでは、先生ご無事をお祈りしています。」
「ミホちゃん、預かったオハジキは月曜日にはみんなに渡せないけれど、きっといつかは届けるからね」
スミレさんがそう言うとミホちゃんは小さくコックリしました。
「二人とも、必ず逃げ延びて、生きてまた会いましょう。これは約束よ。きっとよ」
ミホちゃんは握っていたお母さんの手を振りほどいて、スミレさんの前に差しだしました。
そしてスミレさんの手を握るとポロリと涙をこぼしました。
握りしめた手は小さかったけれど、暖かく、二人の血が通いあったような気がしました。
そして名残惜しそうに手を放して右と左に分かれていきました。

スミレさんは途中何度も何かにつまずきながらも、夢中で走りました。
走りながら悲しさと風に乗って流れてくる煙とで涙があふれて止まりませんでした。


yodaさんの投稿 - 17:06:18 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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