"物語・スミレさんの白い馬"

03 / 13

物語・スミレさんの白い馬

1945年・3月10日・2時






荒川の土手にはたくさんの人達が避難してきていました。
どの人も火の勢いに追い立てられておびえきっているようです。
こんな大勢の中で下宿の小母さん達を探し出すのはとても無理だと思いました。
火の粉が絶え間なく降りかかってきます。
あちこちで持っている荷物に舞い落ちて焦げて燃え出してしまいます。
それにも気付かず茫然としている人もいます。
スミレさんは熱風と火の粉を避けて思い切って水の中に入って行きました。
胸までつかりましたが川の水は思ったほど冷たくはありませんでした。
岸につないである釣り船のヘリにつかまりました。
船に乗りこんで友綱を解いて、岸から離れようとしている人たちもいました。
けれど岸から数メートルも行かないところで火の手が上がりました。
火が水面に浮いている油に引火して船にも燃え移りたちまち乗っている人も火だるまになってしまいました・・・川は炎に包まれてしまいました。
幸い岸の近くまでは火の手は及ばなかったのでスミレさんのつかまっている船は無事でした。
けれど、火の粉は次から次へと降りかかってきます。
船につかまっているいる人たちは協力し合って一生懸命に水をかけて船を燃やすまいとしました。
どのくらい経ったか分かりませんでしたが、すさまじい爆音を立てていた爆撃機がいつの間にかいなくなり火の粉も飛んでこなくなりました。
間もなく夜が明けるようです。
闇が薄闇へと変わっていくのが分かりました。
助かった人たちは岸に上がって、流木を集めてきてたき火をして、ぬれた身体を乾かしています。
炎に写し出されたどの顔もすすけて黒く、眼は真っ赤に充血していました。
命が助かったという喜びよりも、これからどうしたら良いのかという不安と戸惑いがありました。
ぐったりとして地面に座ったまま立ち上がる気力の無い人たちも沢山います。

スミレさんはひとまず土手に上がってみました。
一面の焼け野原が広がっていました。
見渡す限り家々が焼き尽くされていました。
所どころに、コンクリートの建物が形だけを残しています。
多くの電柱は倒れていましたが焼け残った柱に電線が垂れ下がっています。
家々の庭や公園にあったはずの立木は大木だけが残り枝が燃え尽きて丸裸になったように立っています。
時折吹いてくる風にあおられて、まだ燃えきっていない建物から炎が舞い上がります。
もし地獄のというものがあるならば、きっとこのような情景ではないかと思いました。
スミレさんは下宿まで戻ってみる事にしました。
もしかしたら、小母さん達はたとえ焼け跡でも戻っているかもしれないと思いました。
目標は下宿の近くにあった神社です。
石造りの鳥居はきっと残っているはずです。





yodaさんの投稿 - 17:25:54 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック