"物語・8月15日の卵・1945年・3月30日午後"

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物語・8月15日の卵・1945年・3月30日午後

鶴亀公園







鶴亀公園は大きなお寺の隣にあった。
公園の真ん中に大きな池があり、お寺の満開の枝垂れ桜が花影を写していた。
動物園は池の東側にあり、切符売り場があったが人影はなかった。
動物園の入口まで行ってみたけれど門は閉ざしていて、動物たちの独特の匂いが漂っていた。
学童疎開の宿舎だった山形のお寺で飼っていた鶏小屋とヤギ小屋の匂いだった。
何故か、別れてきた友達のことを思い出してしまった。
園の遠くの方からわびしげな何かの動物の鳴き声が聞こえてきた。
二人は園に入るのをあきらめて池のほとりにある古びたベンチに腰かけた。
池には魚はほとんど見当たらない。
「戦争が始まる前に一度だけ甲府に来て、この公園に来た事があったけど、この池にはたくさんの鯉が泳いでいて、手をたたけば寄ってくるほど人になついていたのよね。みんな誰かに食べられてしまったのかも知れない。」
「母さんあんな所に、かめ」
池の真ん中に小さな島があってそこで亀が3匹のんびりと甲羅干しをしていた。
「亀と言えば、お前が学校にあがるまえに父さんと亀戸天神にお参りした時の事覚えてる」
「覚えているよ・・・天神様の池にもたくさん鯉も亀もいたよね」
「でも、3月の空襲でどうなってしまったかね・・・お前、東京に帰って来て、家には行ってみたのかい」
勝彦は小さくコックリした。
「行ってみたけどなんもなかった。先生が一緒に行ってくれなければ見つけられなかったかもしれない。八幡さんのお社と大きなクスノキが焼け残っていたからね」
「ほんとに何もかも焼けてしまったね。母さんもここに来る前に行ってみたけど父さんと二人で頑張って来た店なのに…なんだか切なくて、情けなくて涙が出てしまったよ」
「ぼくはもしかして何か思い出になるようなものでもないかと探したけれどなんもなかった。でも、店の前のサインポールの台の跡の近くに赤と青と白のガラスが溶けて小さな塊にになった物を拾ってきた」
「父さんが帰って来たらまた頑張って、一から出直して、サインポールを回してやるさ」
よし乃はつぶやくように言った。
「ぼくも学校を卒業したら床屋さんの修業をするよ。そして新しい店で頑張る」
「寒くなってきたからそろそろ戻ろうかね・・・」

少し風が出てきて、枝垂れ桜の花びらが池の水面にふわりと舞いおちた。



yodaさんの投稿 - 18:04:50 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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