"物語・8月15日の卵・1945年4月1日・午後"

05 / 02

物語・8月15日の卵・1945年4月1日・午後

ほうとう






縁側に行くと、よし乃と初美さんが椅子を片付け、縁側を掃除していた。
初美さんは肩まであった髪を短く切っていた。
なんだかすっきりして勝彦には初めて会った時の印象と違って見えた。
自分よりもそんなに年が離れているとは思えなかったが、すっかり大人びて美しく変身していた。
唇にはうっすらと紅が引かれていて大人の女の人の証のように思えた。
勝彦はポカンと口を開けたままその顔をじっと見惚れていた。
勝彦自身の身体の中に今までと違った何かが駆け抜けて行くように思えた。
「やだわそんな目で見つめて、私の顔に何か付いてでもいるの・・・」
「馬鹿だねお前、髪を切ったお嬢さんを見て、見違えちゃったんだろ。そんなにじろじろ見るの失礼よ。」
勝彦はよし乃の言葉にハッと気がついて、見る見る顔が赤くなっていった。

「よし乃さんがいらっしゃるというから、お昼はホウトウを作ってみたのよ。」
奥様がそう言って大きな鍋を縁側に運んできた。
「お台所で食べるよりも縁側でみんなで食べる方が楽しいって初美が言うのよ」
初美さんはドンブリを運んできて次々と饂飩のようなものをよそっていった。
味噌のいい香りがした。太めの煮込んだうどんと芋や人参、大根などが入っていた。
「これがホウトウですか・・・名前だけ聞いた事はありますが食べるのは初めてです」
よし乃が眼を輝かせながら言った。
「婆さん張り切って昨日の内から小麦粉をこねて寝かしておいて、今朝がたうどんに打ったんだよ。私もホウトウはひさしぶりだな」
津村さんはなんだか嬉しそうに言った。
「あの・・・このうどんのようなモノの名前をホウトウって言うんですか」
勝彦が恐る恐る聞くと、
「甲州の人達はご飯の代わりにこれを良く食べるのよ。お出汁に季節の野菜を入れて、みそ味で煮込んでそこに生のうどんを入れて炊くの・・・お野菜に南瓜を入れると特に美味しくなると言われているけれど、今の季節では南瓜はないので残念」
初美さんが「残念」のところで力を入れて言ったのでみんなが笑った。
勝彦にとっては初めての食感だった。うどんと野菜がなじんで何となくとろりとしているように思えた。味噌と野菜が溶け合って独特のうまみだった。
みんなで楽しく、昼食を食べるなど何年ぶりだろうかと思った。
「あなた、散髪が終わってから勝彦さんとなんだか楽しそうに話してらしたけれど、何してらしたの」奥様が聞いた
「男同士の話だ。そんな事を軽々しくいう訳にはいかないよ・・・それより、義彦が使ったもので勝彦君にあげられそうなものがあったら見つけてあげなさい」
「そうですね、空襲でみんな焼けてしまったそうですから・・・古いものでおいやでなかったら、着るモノを見つけておきましょう。」
「それに、出来たら義彦の使っていた肥後守はなかったか・・・勝彦君とちょっとしたものを作るので見つけておいてくれ」
「そんな・・・お仕事させていただいた上にこの子にまで気を使っていただいて申しわけありません。」
「そうだわ、私の鉛筆や消しゴムのまだ使えるのがあるから分けてあげるわね」
初美さんもそう言ってくれた。

全て散髪が終わったのは2時半頃だった。集落から来てくれたお客さんは4人だったが、全て丸刈りで髭剃りはなしで仕事はバリカンで済んだ。
散髪代の代わりにお米と芋をもって来てくれた。
「韮崎方面にゆくバスは3時半頃なのでそれまで勝彦の頭を刈ってやろうかね・・・」
そう言ってから台所に声を掛けた。
「奥様、この子が明日から新しい学校に行くので勝手なお願いですが申す少し縁側をお貸しください」
「どうぞ、どうぞ、後の始末は私と初美でやりますから、きれいにしてあげてください」
勝彦は散髪椅子に座らされた。頭を刈ってもらうのは2か月ぶりである。よし乃に刈ってもらうのは実に1年半ぶりであった。
「バリカン研いできたけど大人の髪を4人も刈ったので少し切れが悪いけど我慢しな・・・本当はもっと短くしたいけど大人に合わせて3分刈だよ」
そう言ってバリカンを手際よく入れ始めた。
物の5分ほどでサッパリと刈り上げた。さすがに長年の職人技で一度も髪が引っかかることなくきれいに刈り上げていた。
「なかなか男前になったわね・・・これなら女の子に騒がれるかもしれないわよ」
初美さんがからかうように言った。勝彦は頭がスース―してちょっと寒くなった気分だった。
「そうだ、婆さん、義彦のかぶっていた帽子もあったはずだ。あれも勝彦君にかぶせてあげなさい。肥後守も持って行っていいからな。またいつでも遊びに来なさい。」
津村さんは優しく微笑みながら言った。


今日から八ヶ岳の山の家に行きます。物語はここでひとまずお休みにして、連休が明けてから新たに勝彦の甲府での学校生活を中心に書きはじめます。




yodaさんの投稿 - 09:15:45 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック