"物語・8月15日の卵・4月2日・午後"

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物語・8月15日の卵・4月2日・午後

材料






風もなく穏やかな日和で、日差しも強くなり春の陽気になっていた。
神社は枝を切り払われた木が多くなんだか殺風景であったが、それでも残った枝先には可愛らしい新芽が芽吹いている。
勝彦は拝殿の階に座って午後の日差しをいっぱい身に受けているうちに、なんだかウツラウツラしてきてしまった。

「おーい勝っちゃん居眠りなんかしている場合じゃないぞ、大ニュース」
武は走ってきたらしく息を切らせながら言った。
「あの山本茂ってやつ、やっぱり東京のいいとこのお坊ちゃんみたいだぞ。家の母ちゃんが時々手伝いに行っている甲府のお大尽の家に、山本が疎開してきただって。軽井沢という所の別荘に移るんだけどまだ準備が整わないからとりあえず甲府に来てお大尽の離れに住み始めたちゅうことだ。」
「そのお大尽の家に武チャン行ったことがあるの」
「一度だけな・・・金山さんの倍ぐらいの広さの所に母屋と御蔵があって、昔は御隠居さんが住んでいたという立派な離れもあった。庭には沢山木も植わっていて池があって泉水もあって鯉が泳いでいた」
「そのお大尽の家は昨日オレが行ってきた津村さんちぐらいあるかも知れないな」
「何でも、山本の親父さんは大蔵省という所のエライサンだそうだ。山本は東京でも有名な学校に通っていたけれど、空襲が激しくなって危ないから疎開してきたんだって」
「俺みたいに何もかも焼け出されて甲府に来たわけじゃないんだ・・・」
「あの恰好をみれば分かるじゃん。いまどき継の当たっていない服着ているやつなんて、いねえぜ・・・靴だって革靴だったぞ」
「まぁ俺らみたいな貧乏人のせがれはお友達にはなれないよな」
「でも、マサルのバカはちょっかい出すかもしれんぞ・・・いいとこの坊ちゃんなんて知れたら逆にひどい目にあうかもしれんにな。あいつは偉い人にはすぐにヘコヘコするんだ」
武は何かマサルの失敗を期待しているようだった。

「それより、ゴムカンだろ・・・材料を持ってきたので見てくれ」
勝彦が持ってきた包みを開けると武は驚いたように目を輝かせた。
「これはすげえ、材料がそろっているジャン。このゴムが特にすげえな。もしかしてこれお医者の聴診器のゴムかもしれんぞ、おれの持ってきた自転車のチューブなんて恥ずかしくて出せねえよ」
武は興奮を抑えきれないような言い方だった。

yodaさんの投稿 - 16:34:12 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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