"遠近両用図書室・世界文化遺産軍艦島(小林伸一郎・金の星社)"

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遠近両用図書室・世界文化遺産軍艦島(小林伸一郎・金の星社)

写真集・未来都市から廃墟都市







気力、体力そして財力があったらぜひ訪ねてみたい所がある。
2015年に世界文化遺産となった長崎県の軍艦島(端島)である。
明治から大正・昭和にかけて海底炭鉱で栄えた島だ。
東西160m、南北480mで海岸線の全長がわずか1.2Km。
そこには全盛期には5000人もの人が暮らしていて世界一の人口密度だった時もあったという。
それが国のエネルギー政策の転換と共に炭鉱は閉山となり、島は無人島になって廃墟と化している。
そこにはかつては生活に必要なすべてのモノがそろい、小・中学校、病院、役場、商店街、映画館もあった、目抜き通りには端島銀座の名前もあった。
島の中での生活はなに不自由なく、営まれていたという。
それが1973年末に採掘が終了し、1974年1月に正式に閉山となり、同年4月20日全島民が退去する。
それから一切人の手が加わることなく風雨によって廃墟と化して現在に至っているのだ。

残念ながらまず体力は永年の不摂生で体調は優れず、最近は過体重によってアキレス腱を痛め歩くこともままならない。
それに伴って気力も失せつつあり、年金暮らしでは財力も無し。

そんな折に、一冊の写真集が送られてきたのだ。「世界文化遺産・軍艦島」
表紙カバーは船上から撮った軍艦島の全景・・・この島の姿形が明治時代の日本海軍の戦艦「土佐」に似ている所から名付けられたそうである。
ページをめくると廃墟と化した島の俯瞰の写真、そして様々な建物の風化した姿が容赦なく写しだされている。
ここには1916年(大正5年)に日本で初めてのコンクリートの高層アパートが建設され1920年には3000人余の人々が生活していたという。
この写真集はカメラマンが1994年から撮り続けてきたモノの集大成で、すでにその時には島全体の風化は始まっていたと思われる。
写真集は192頁の大冊であるが最後の部分に島の歴史と写真家の後書きがあるだけで、写真には一切の説明がついていない。
ページをめくる者が見て感じ取ればいいのであって、その受け取り方は様々で良い。私は現地に是非行ってみたいと思っていただだけにこの写真集の語っている物語に圧倒させられた。
1枚1枚の写真から誰もいないはずなのに人々が立ちあがってくるようで、多くの人の声が聞こえてくる。
そして置き去りにされたモノ達からいろいろな物語りが聞こえてきて想像が広がっていく。
中でも一番心に響いたのはまずは部屋に置き去りにされたミシン。
部屋の真ん中に置かれていて錆びついてはいるけれど油をさせば動くかもしれぬ。
そしてこのミシンの製造は三菱の製品・・・実はこの島は三菱が経営していた炭鉱なのだ。
心を打たれた写真はまだまだたくさんあるが、廃墟の中に柱時計が1か所に打ち捨てられていて、それらも針が勝手な時間をさしている。
そこには住んでいた人々の最後の時間が刻まれているように思えてならなかった。
島には神社とお寺があったようだが、神社の鳥居と思しきものと小さな社がある。
寺は建物の残骸もなく、半分欠けてしまったと思われる仏の座像があった。
そこには墓の跡はない。
供養する人が全部いなくなったのだから仏も去って行ったに違いない。

100年前の未来都市が廃墟都市となっている様を見事に映しだした1冊である。
yodaさんの投稿 - 18:07:23 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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