"学びの窓・富国強兵"

12 / 07

学びの窓・富国強兵

協調性







昨日の朝、5チャンネルのモーニングショーを見ていたところ、Tというコメンテーターが面白い問題提起をしていた。
彼は外部から招へいしている人ではなく、局の報道記者であるらしい。
いつも歯にきぬをかぶせぬ発言が多く聴きようによっては反感を買うようなことも言う。私としては他のコメンテーターや自局に忖度せずに意見を言う姿勢が好きである。
ただ、友達にはあまりしたくないタイプである。

その彼の提起は日本はアメリカなどに比べるとリノベーション(技術革新)が起こりにくいと言うのである。
その原因は協調性を重んじるあまりに個性的な意見や考え方が潰されてしまうと言うのだ。
そしてその原因は明治維新以来の日本の学校教育にあるという。
明治以来日本は近代化を急ぐあまり、富国強兵策をとり、学校教育がその役割を担った。
特に「運動会」の種目に象徴されるような集団の体操、組体操、マスゲームなど団体行動。
綱引き、騎馬戦、棒倒しのような協調性などなど。
強い兵隊を作る為にはまずは同一行動が出来て協調性が重んじられた。
そして、日清、日露の戦争を勝ち抜き、太平洋戦争にいたり、敗戦となるのだが、富国強兵の教育が清算されたわけではない。
今に至るまで運動会もあるし、整列して、「気を付け」、「前に習え」なども生きている。
教室に入れば班行動などが重視される・・・それが全く悪いとは思わないが、ともかく他人と協調できることが美徳とされ、突出した行動は潰される傾向にある。

もう一つ、これはFBに載っていた新聞記事であるが・・・北海道の中学2年の女子が「日本のいじめ対策は間違っている」という作文だ。
彼女はドイツの学校での小学校時代を過ごした経験と日本の学校での経験を比べている。
日本のいじめは長期間に渡って陰湿化しやすい。
それに比べるとドイツでは暴力などもあるが、大抵一日ぐらいで終わってしまう。
その差はストッパーになる者がいるかいないかと彼女は論じている。
ドイツでは弱いモノを暴力的いじめるが、大抵校庭などの開けた場所で行われるので、比較的目につきやすく直ぐに誰かが止めたり、教師の助けも入る。
しかし、日本の場合は暴力よりも精神的苦痛を与えることが多く、陰湿で周りに気づかれにくい。
よしんば気づいても誰も助けようとせず、むしろ逆らってはいけない雰囲気となる。
日本人の特性として、「正しい善悪の判断や他人の意見を尊重することは出来るが、自分の意見を持つことができない。」
日本人は周りに合わせる事を良しとするので、協調性にとても優れているが、イジメの場合は悪い方向に行きがちで、一人対大勢となると自然と人数の多いいじめる側についてしまう。
自分の意見を持ち周りに流されずきちんと主張することが大切で、これこそが今の日本人が「イジメのストッパー」となるために一番重要な事だと思う。

彼女の論旨を大まかにまとめてみたが、日本人が美徳としている協調性についてもう一度考えてみる必要があるかもしれないと思った。
私も実は沢山の子ども達の通信簿の評価の欄に協調性があるとかないとか書いたものだ。
かくいう私自身はどちらかというと、あまり協調性はなかったように思うのだが・・・

yodaさんの投稿 - 16:50:37 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック