"学びの窓・卒業"

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学びの窓・卒業

審査







40年間続けてきた仕事を今年から卒業する事にした。
学校が冬休みに入ってすぐに始まり1月の半ばごろに終わる仕事である。
子ども達の作文コンクールの作品を読む事である。
毎年、クリスマスの前後に作文を受け取って冬休み中に読み、三が日が過ぎた頃に読んだものを評価して主催者に戻し、それからその評価が集計されて、選ばれたものが戻されて月半ばに最終の審査となる。
毎年、暮れも正月も返上しての仕事であった。
今年から審査を辞退したのはやはり気力、体力に自信が持てなくなった事と、ネット社会になって明らかにその影響が出はじめていて好奇高齢者には付いて行けなくなったこともある。

思えば、このコンクールとは深いつながりがあった。
このコンクールが始まった時に私は中学2年生で担任の勧めによって応募しているのだ。
勿論、市の審査の段階でカスリもせずに落選してしまった。
それから10年ほどして教師となり作文を指導する立場になって、子ども達に書かせた作文をコンクールに応募した。
けれど、これもカスリもせずに落選した。
それからさらに10年ほどして、コンクールの審査員になる事を委嘱された。以来40年に渡って子ども達の作文を読み続けてきたことになる。
もしかすると、全国の小学生の優れた作文を読み続けたことに関しては日本でも有数の読み手であったかもしれない。

40年間の間にはいろいろな出会いがあり、教師という職業だけではない人達との交わりが出来て人脈のようなものが広がった。
また、作文を書いた子ども達との交流も生まれ、近々では何年か続けて受賞した稀有ともいっていい才能を持った少女が大学を卒業後日本画家となった。
もしかすると、モノ書きのような仕事に就くのではないかと思っていたが、モノ書きでも絵画の方で開花して新進の画家として嘱望されているようだ。
これも10年ほど前の事になるが私が書いた物語の感想を書いて最高賞を取った少女が居た。
彼女は今年21歳となったが専門学校を卒業して今年の春から歯科技工士の仕事に就いたという知らせがあった。
ともかく、この仕事に係ったおかげで人生が大きく広がったように思う。

この仕事から卒業してみて思うのは、重荷をおろしてホッとしたという事である。
子ども達の作文を審査し選ぶという事は、自分が審査されていると同じである。
けれど、暮れから正月にかけて何もすることが無くなって実は戸惑いもない訳ではない。
また、一抹のさみしさのようなものも感じている。





yodaさんの投稿 - 17:16:03 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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