"季節だより風だより・おおつごもり"

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季節だより風だより・おおつごもり

この一年







年の瀬に寒波襲来の予報におびえていたがこの2、3日風もなく穏やかな日が続いている。
今日は朝から部屋の掃除をして、溜まっていた本や雑誌の整理もした。
午後からはタカコサンと明日やってくる孫たちに饗応するモノを町田まで買いに行った。
ついでに橋本の商業施設ミウィでお昼にした・・・身体に悪い事は分かっているけれど、年の締めくくりはトンカツ。

4時ごろ帰ってきて、パソコンの前に座ってブログの下書きを始めたが・・・一年を振り返ってみて、ほとんど慶事がない事に気づいた。
毎日書いている日記を1月から読み始めたが、平凡な毎日の続きである。
それでも、3月には孫のシンちゃんが佐渡の宮大工の学校を卒業して岐阜の工務店に就職が決まった。
それから7月に町田の鶴川の小学校で教えた人たちがクラス会を開いて招待してくれた。
彼等は55歳で私が77歳ゾロ目の会で参加者の中にはすでに孫が居る人もいた。

年の後半となると、ロクでもないこと続きで、8月の半ばに腎臓の中に鎮座していた1.5ミリの結石が動いて七転八倒の苦しみ・・・幸い鎮痛剤で痛みは治まったが、石は尿管に留まり、腎機能が低下し始めて体中が浮腫む。
腎透析の定期検診に行くと即入院を宣せられて、家に帰れず、着の身着のままで6泊7日の入院生活。
幸い腎臓と膀胱の間にステントというバイパスを作って、尿を流して腎機能を回復できたが、結石はそのまま尿管に留まっていたので、11月に再度入院。
今度は3泊4日で尿管結石の粉砕手術をしたが、経過は良好で今に至る。
けれど、腎機能の方は現状維持であるが良い状態とは言えない。
それでも何でも、10年以上に渡って腎臓の中で増殖していた結石が粉砕出来たのは慶び事なのであろう。

11月になって、退職までいた日野市の学校の最後の教え子が結婚のお知らせをくれた。
来春には子どもも生まれるとの事だった。
それから12月22日に同じクラスの子が入籍したとの知らせがあった。
二人とも40歳手前の滑り込みセーフであるがこれは目出度い目出度い。
思えば、手術によって多少の健康回復もあり、タカコサンと出かけて年の締めくくりにトンカツを食べられたなどはこれこそ慶事だと思う。

と、すぐ上の姉から電話があり、団塊の世代の従妹が今朝亡くなったとの事。
葬儀は1月6日だそうだが・・・行かねばなるまい。
禍福はあざなえる縄の如しだなぁ・・・・
yodaさんの投稿 - 17:44:21 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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