"学びの窓・エッグアート"

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学びの窓・エッグアート

評価






年賀状も一段落ついたところで、あきる野に住むKさんからレターパックが送られてきた。
彼女は私が50年前に新卒で勤めた時の教え子である。
と言っても、6年生の時の5月の連休の後に転校してきたので私との触れあいは1年に満たない訳だ。
当時のあきる野は東京都と言いながら、純農村地帯に近く、西多摩郡秋多町と言っていた。
Kさんは父親の仕事の都合で、都内の学校からの転入であったが、その印象は地元の子ども達に比べてどこかひ弱な感じを受けたことを覚えている。

レターパックにはカレンダーと封書の手紙が同封されていた。
カレンダーにはエッグアートの作品がその月に合わせて載っている。
エッグアートとは本物の卵の殻に装飾を施すクラフトで小さいものはウズラの卵から大きいモノはダチョウの卵までを材料にしている。
卵をカットして装飾を施し飾り物、宝石箱、オルゴール、アクセサリーなどを制作する。
その作品は繊細で芸術性も高く、豪華絢爛でもある。
彼女は30年ほど前から制作を始めて何度も個展を開いている。
今回のカレンダーは彼女の所属しているエッグアートの制作者達の作品集である。
ちなみに、1月は宝珠や宝船で目出度いモノがそろっている。

手紙には彼女がエッグアートの制作者となったいきさつが書かれているのだが、その大元は小学校に在り、私との出会いだったというのだ。
まずは転入してきた時の担任である私の第一印象は「ドアが開いたのにドアいっぱいに大きな先生で声も大きくて、え〜熊みたい!!どうしよう。」だったようだ。
そしてショックを受けて、「神経質で体も小さかった私は不登校になりそうだった」そうだ。
それが心を開くようになったのは、6月に修学旅行の後風邪を引いて休み、治ったからと言って登校した日の授業中に具合が悪くなって、その時私は子ども達を自習にして自転車で家まで送ってあげたのがすごくうれしかったそうだ。
彼女はたった11ヶ月の小学校生活を克明に覚えていて私も忘れていたような教え子たちの名前が次々と文章のなかに出てきている。
そして、彼女がエッグアートを選んだきっかけは50年前に「絵が上手だと、5をつけて、自信を持たせてくれたおかげで、とにかく沢山、上手だ上手だと褒めてくれて、嬉しくて、図工が好きになったからです」というのだ。

50年前の評価がきっかけで、生涯の支えとなるような仕事に就いた。
教師冥利に尽きるというか・・・けれどこの仕事の恐ろしさのようなものも感じる。
もしかして、反対にその子の持っている才能を潰してしまうようなことだってあったかもしれないのだ・・・




yodaさんの投稿 - 17:39:58 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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