"かたくら通信・大丈夫"

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かたくら通信・大丈夫

2年間







2年間の我が家での生活について美談のように書き連ねてしまったが、彼女にとって居心地の良い生活であったかどうかは分からない。
私は怒鳴る事で有名な教師で、子どもからは恐れられていた。
そんな人と毎日、顔を突き合わせるのだからさぞかし辛いこともあったに違いない。
特にお互いの生活習慣の違いから注意することも多かったように思う。
何をどうということはあまり思い出せないが、日本と韓国の文化の違いがあって、日本で生活する以上、日本のやり方に従うように言った覚えはある。
具体的には食事のマナーで肩肘を立てて食べるやり方はきつく注意した。
自分が子どもの時には母からいつも注意されていたのでその延長だったのかもしれない。
また、ご飯の上に載せたおかずを混ぜてしまう食べ方にも驚いたものだ。
後に韓国ドラマを見て肩肘をつく食べ方は決してマナー違反ではないことを知って可愛そうなことをしたなと思った。
けれど、私が口うるさい分、タカコサンは母親のように接していたように思う。
娘は大変我慢強く、よほどでなければ弱音を吐かないので、彼女の言う「大丈夫」という言葉をあまりタカコサンは信用していなかった。
思い出すのは、彼女が就活の為に関西方面に行くことになりタカコサンが「大丈夫?」と聞いたら「大丈夫」と答えたがよくよく聞いてみると往復の旅費があるという事だった。
新幹線の特急料金や、あちらに行って泊まる宿や食事のことなど考えていなかったようだ。
持ち前の図太さで向こうに行けば行ったで何とかなると考えていたのだ。

我々にしてあげられることには限度があったけれど、タカコサンにとっては彼女は実の娘のような存在となっていたようだ。
今でも、その思いは変わらないようでラインなるモノで時々連絡を取り合っている。
ちょうどこの稿を書いている時に娘よりPCにメールが入ってきた。

「お父さんのウェブ懐かしく読んでおります。笑ったり泣いたり、^_^
でもまあ、頑張れば何とかなりますよね。
おふたりに出会えた事が本当に幸運でした。
お二人との出会いがあってこそ今の私がいます。心から感謝しております。
お父さん、お母さん!      娘のジュン」

そうだ・・・彼女はこのブログの読者だったのだ。
個人情報をこのように文章にしてよかったのかどうか・・・でも「懐かしく読んでくれている」と聞いて安心した。
この続きは彼女のプライバシーを侵害しないようにもう少し物語っていきたいと思う。


yodaさんの投稿 - 16:29:48 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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