"季節だより風だより・法華寺"

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季節だより風だより・法華寺

佐保路







朝から絹のような細い雨が降っていて寒い。
7時には目が覚めたがタカコサンはいないので横着してまた寝てしまった。
それでも8時を回ったところで起き上がって身づくろいをしてから血圧を測ると上が150を超え,下も90に近い。
今日は南平の床屋に行き、お昼は近くにある「えびすや」で禁断のラーメンカレーセットを食する予定だったが、この数値はではそれは不可だ。
そこで、床屋の予約をキャンセルしてもらって一日家に引きこもっていることにした。
と言っても、何もすることもないのでテレビを見ながらウトウトして、昼近くになったのでお昼の支度をした。
冷蔵庫を開けると何も食べられそうなものがないではないか・・・仕方ないので、インスタントラーメンを作る。
せっかく「えびすや」を我慢したのにラーメンを食べたのでは同じことではないか。
けれど、カレーは食べないし、買い置きのもやしをたくさん入れてスープは飲まない。

ちょうどお昼を過ぎた頃に奈良に居るタカコサンからメールが入ってきた。
「NHK奈良ニュースの珠光茶会でインタビューされました。ネットに記事が出ています。70代女性の言葉。私です。」
奈良まで出かけて人生初のテレビ取材を受けたようである。
今回の旅行は奈良のお寺が何席か茶席を設けてそれに参加するために出掛けたのだ。
でも、ネットでどのように記事を検索して良いのか分からないので帰ってきてからのお楽しみにすることにした。
4時過ぎにまたメールが入って
「こちらも午前中冷たい雨で持っていった傘が壊れたので土産物店で買いました。法華寺と東大寺のお茶会に参加して宿に帰りました。」
東大寺から法華寺までどのように行ったのか書いてはなかったがおそらく東大寺の転害門から佐保路をたどって行ったのではないだろうか・・・

結婚したばかりの頃に、その道を歩いた事を思い出した。
なんとも懐かしく、特に佐保路の寺寺が思い出された。
確か法華寺には十一面観音があり、光明皇后の姿を映したもので秘仏で春の公開に合わせて拝観に行ったように思う。
それから、秋篠寺に回った・・・「女身仏に春剥落のつづきをり」細見綾子が伎芸天を詠んだ句である。
この句は昭和45年に彼女が秋篠を訪れた時に作ったのだそうだ。
実は私たちの結婚は昭和44年でその次の年の春に念願の伎芸天に会いに行っていたのだ。
堂宇の前に白木蓮が咲いていたことを懐かしく思い出した。
何だか、私も急に奈良に行きたくなった。
今年の春、金婚式となる。
タカコサンに連れて行ってもらおうか・・・・





yodaさんの投稿 - 18:17:41 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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