"学びの窓・読書感想文コンクール"

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学びの窓・読書感想文コンクール

わが半生







先週の金曜日の読書感想文コンクールの表彰式において、今年度の感想文の応募者総数が発表されていた。
全国の小・中・高そして海外日本人学校を合わせて25,594校から414万6,941篇の応募があったそうだ。
そしてその中から各都道府県の審査を経た代表作品506篇が中央審査会に寄せられ、さらにその中から総理大臣、文部科学大臣、毎日新聞、全国学校図書館などの各賞が授与された。
このコンクールは毎年行われ今年は第64回であった。
実は初回は1954年で、私はこの時、中学1年でこの初回に応募した記憶がある。
担任が国語の教師で率先してコンクールに取り組んだのだろう。
私の書いた感想文は「山びこ学校」(無着成恭編)という当時ベストセラーになった山形の中学生の作文集であった。
勿論、応募はしたけれどクラスの代表にもなれず賞になどかすりもしなかった。
それから、時を経て小学校の教員となり子ども達に感想文を書かせてコンクールに応募したが・・・市の代表どまりだった。
そして、縁あってコンクールの主催者側になってお手伝いをさせて貰った。
その間に子どもの感想文の審査をさせてもらったり、作家という立場になって私の書いた作品が感想文の対象図書になったり、感想文に係った経験から「読書感想文の書き方」などを書いた事もあった。
実に私の人生の大半は読書感想文と共にあったと言っても良いだろう。

しかし、昨今読書感想文コンクールに対する批判のようなものを耳にする。(昨年もあった)
感想文など書かせるから子どもが本嫌いになる・・・というのだ。
確かに本を読んだ後に感想文を書けなどと言われると臆してしまう。
けれどこのコンクールの持つ意味は読書活動の振興のためには不可欠だと思うのだ。
感想文を書くために本を読むなど本末転倒のような気もするが、活字離れの昨今読ませる事も取り除いてしまったら本を読まなくなることは必定だ。
読書感想文は作文の中では一番高度である・・・読書という間接体験から受けた感動を文章にしようとするからである。
けれど、きちんとした指導のステップを踏んでいけば決して難しい事ではない。
その指導を省略して「読んだら書け」では戸惑ってしまうのだ。
指導者がもっと本を読み指導についての勉強をすることが必要なのだ。
ともあれ、64回続いてきたコンクールの功罪について言えばその功は計り知れない。
もしもこのコンクールがなかったら子どもの読書の普及も遅れていただろうし、児童文学というジャンルももっと狭くなっていただろう。
また出版事業の振興という意味でもその功績は大きいと思うのだが・・・・




yodaさんの投稿 - 18:51:03 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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