"学びの窓・衝撃の始業式"

03 / 09

学びの窓・衝撃の始業式

50周年








一昨日、タマニュータウンの堀之内に住む教え子のMさんからメールが届いた。
M・「題・懐かしい 梅ヶ丘にお寿司を食べに行き、若林の家まで歩きました。久しぶりに見た若林小 写真みますか?」
Mさんは世田谷区立若林小学校で4・5・6年と受け持った人なのだ。
若林小は教師となって2校目の学校で27歳の青年教師であった。
私・「残念ながら我がガラケーには写真は届きません。建て替え前に見ておきたいですね」
M・「残念。PCに送りましょうか」
私・「パソコンなら大丈夫だと思います」
M・「はい、アドレスを教えて下さい」
若林小学校は老朽化の為に建て替えが決まっているそうである。
彼女は小田急線梅ヶ丘駅近くにある某有名寿司店で食事の後に学校に立ち寄り写真を撮ったのだそうだ。

そして送られてきた写真に写っている校舎の屋上のフェンスに「147年周年」という看板がかけてあるのが見て取れた。
私・「今年が147周年という事は卒業から47年経っているのですね!!」
M・「来月で先生に出会ってから50年となります。『衝撃の始業式』だったなぁ」
Mさん達が6年生だった時に若林小は100周年を迎えて盛大な祝賀行事があったのだ。
しかし、彼女にとっては私が赴任して学級担任になった方がズット衝撃的な出来事であったようだある。
50年前の始業式の日、4年生になってクラス替えになり新しい担任が発表される。
担任発表の前に新しく着任した先生方の紹介があった。
Mさんは東京の西のはずれの田舎の小学校からきたという声が大きく見るからに怖そうな先生にだけは担任になってほしくなかったそうである。
それが願いもむなしくドンピシャリと嵌ってしまった。
その日は衝撃のあまり食事がのどを通らなかったそうである。
そして、それから、4・5・6年と3年間も担任教師になってしまったのだ。

それでも何でも50年間も続けて師弟の関係は途切れていない。
むしろ結婚して、子育てをして子ども達が成人してからの方がより親密となり、隣の市に住んでいることもあって我等夫婦のことを気にかけてくれている。

私・「実は3月の30日が私の『笑撃の結婚記念日』で金婚式です。お互いのショウゲキ記念に4月になったら食事会をしましょう」
M・「やりましょう!!!」



yodaさんの投稿 - 17:19:18 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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