"好奇高齢者の生活と異見・復興"

03 / 12

好奇高齢者の生活と異見・復興

原発反対






昨日のブログに書いた、千葉の一宮で営農している「さいのね畑」のT君がフェイス・ブックに3.11の8年目の思いを載せていたので紹介したい。

「町のサイレンに合わせて、黙祷した。時間が経ち、栃木から千葉に場所を移して、8年前のあの日の空気を遠く薄く感じる1分間。前を向いてポジティブに未来を作っていくというのは正解なのだろうが、あの震災、原発事故の後感じた「違和感」を一つの原点にしたいと思う。例えば遠くから声を上げる原発賛成派からも反対派からも感じた疎外感。新規就農1年目、初めて出来上がった野菜はヨウ素やセシウムを浴びて毒物として扱われたけれど、自分は食べた。出荷停止になったホウレンソウや小松菜が何事もなかった様に種をつけるべく咲かせた綺麗な花に勇気をもらった。揺れる大地も荒れ狂う波も生きていて、その中で、小さな小さな自分も生きている。汚れた海の中で、魚達も、きっと「元気に」生きている。煩雑な日々の栽培や販売の中で、意識は薄れていきがちだが、あの頃強く感じたこと、考えたことを、有機農業という職業、生き方の中で、体現していきたい。心配してくれた人達、励ましてくれた人達、あたたかい人間の心に支えられて、なんとかここまで辿りつけた事に感謝。ここからどこへ向かうべきか。原発反対。」

私にとってもあれから8年経っても消し去ることができない違和感がある。
2013年9月、2020年の東京オリンピックの開催が決まった時に、安倍首相は「東北大震災からの復興を見事に成し遂げた日本の姿を世界の中心で活躍する日本の姿を世界の人々に向けて力強く発信していく・・・」と宣言した。
けれど、復興に結び付けるはずのオリンピック・パラリンピックはいつの間にかその思いは薄れてしまった。
又、復興を成し遂げるどころかその道はいまだ半ばである。
未だ避難を続けている人々が5万2000人もあり特に福島では避難者全体の15パーセントしか帰還を果たすことができないという。
やはり、原発事故が人々を苦しめている事は間違いない。
しかし、国の施策としては原発を稼働させる方向で動いていて今日の新聞ニュースの中に経団連会長の「原子エネルギーは遠い将来を含めて必要という議論を深めるべきだ」という談話が載っていた。
また、原発廃止論者については「感情的な反対をする人と議論しても意味がない」と切り捨てている。
これは「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」の人達からの公開討論を申し込まれたことに対する発言のようだ。

安倍さんは8年経った今、あと一年後のオリンピックで復興が見事に成し遂げられたなどと言い切るのだろうか。
原発の被害でいまだ故郷への帰還もまならぬ人がいるのに、おそらく今の政権の方針としては経団連会長の考えと同根だろうと思われる。
今回のオリンピックですべての原発を廃止でも宣すれば「違和感」も少しは薄れるのだが…

私もT君のように、向かうべき未来は「原発反対」





yodaさんの投稿 - 17:01:26 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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