"忘れ得ぬ人・神葬祭"

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忘れ得ぬ人・神葬祭

涙雨・名残の桜







昨日は朝から真冬並みの寒さであった。
予報では八王子には雪が降ると言われていたが、お昼すぎにはみぞれが混じっていたかもしれない。
タカコサンは4時頃に幼馴染のGさんの通夜に出かけて行った。
葬儀は神道で行われるということで正式には通夜祭と言い、死者の御霊を霊璽{仏教におけるお位牌に当たるモノ)に移す遷霊祭(お霊移し)が行われたそうだ。
神道では葬儀のことを神葬祭といい仏教のように故人を極楽浄土に送り仏のもとで安らかに暮らすのではなく、故人を家に留めて守護神として家に留めるための儀式なのだそうだ。
それでもなんでも神になると言っても別れはつらいものである。
タカコサンにとっては60年余の付き合いでもしかするとこの世で一番のかけがえのない人であったのかもしれない。
帰りは9時半を回っていたが、駅からのタクシーがつかまらず、結局大回りのバスで帰ってきたのだそうだ。
「今日の雨は涙雨」とくたびれ果てた声で言った。

今日は本葬の日で、私も式に参列するために世田谷の経堂の斎場まで出かけて行った。
折悪しく中央線、京浜東北線、横浜線で事故があって京王線は振替輸送で遅れが出ていて大変混んでいた。
式は10時に始まったのだが10分程遅れて斎場に着いた。
すでに始まっていてちょうど祭詞を神主が読み上げている所だった。
祭壇には何故か丸い鏡が飾られてあって、お供え物は海のモノ(魚)山のモノ(野菜)
そして落雁のような菓子、寒天と麩を束にしたモノもあった。
神主の唱える祭詞は大和言葉で綴られたもので一定のリズムと抑揚で語られるのだが、残念ながら我が耳は遠くなっているのでほとんど聞き取る事は出来なかった。
式で参加者が備えるモノは玉串(榊)でこれが線香の代わりをする。
そして参り方は二礼二拍手一拝で拍手の時には音をたてないように寸止めする。
神葬祭は滞りなく、近しい人達だけの心のこもった式であった。
しかし、最後の喪主の挨拶が涙にくれて言葉にならなかった。
今思えば予兆のような事はあったと言っていたが余りに当然の別れとなってしまったのでいまだ信じられない様子であった。
私は・・・絶対に先に逝きたいと思った。

斎場を出ると玄関わきに楓の樹があり、すでに青紅葉となっていた。
そしてその奥には桜の大樹・・・名残の桜の花びらがはらはらと風に舞っていた。


yodaさんの投稿 - 18:28:43 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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