"遊悠読書・仏教抹殺(鵜飼秀徳・文春新書)"

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遊悠読書・仏教抹殺(鵜飼秀徳・文春新書)

廃仏毀釈







連休中に何か一冊ちゃんとした読書をしたいと思い選んだ本が「仏教抹殺」だった。
私が好むと好まざるとにかかわらず世間一般は時代の変わり目としてとらえていて何となく祝賀のムードも感じられれる。  
そこで、今から150年前の江戸から明治への大きな転換時に起こった事を知るのも大切と思ったのだ。
その時代と今とはその変動は全く違うけれど何となく共通する危うさのようなものを感じているからである。
さてこの本であるが、言葉としては知っていた「廃仏毀釈」のその実態を日本各地に取材しながら解明した本である。
筆者はジャーナリストであり浄土宗の僧侶でもある。

まずは明治維新というと体制が大きく変わって多くのヒーローが誕生し美談が語られているように思える。
特に改元と同時期に発表されたお札の肖像に新しく取り上げられる人物もある意味では明治を代表する人たちだ。
けれど華やかな歴史の陰に痛ましい暗黒の歴史があった事は殆ど語られない。
この本で取り上げている「神仏分離令」によって仏教への迫害、破壊行為が行われ「廃仏毀釈」が各地で行われる。
明治維新によってつくられた新政府は国を統制するために精神的支柱が必要と考えて王政復古、祭政一致の国づくりを掲げ神道国家(天皇中心国家)を目指した。
そこで当時の神道は仏教と渾然一体となっていたので神と仏を切り分けよ・・・という「神仏分離令」ものを出した。(令は良いという意味よりもやはり命令の令なんだなぁ・・・)
この「令」が出されたのは1868年(慶応4年)で1876年(明治9年)頃まで続く。

新政府が打ち出したのはあくまでも神と仏の分離だったのだが、各地で拡大解釈が行われ、仏教に関係する施設や慣習などをことごとく毀していく。
その結果、多くの寺院が廃寺となり、仏像・仏具・経典などの多くの文化財が廃棄されたり、海外に流失していく。
最もひどいのは廃材として燃やされてしまった仏像も多々あると言う。
興福寺を代表するような仏像の一つである「阿修羅像」なども打ち捨てられて、廃棄寸前だったという。
ただ、この廃仏毀釈が日本全体で起こったかというとどうやら地域によって温度差があり、その時地方をおさめていた人達の個人的な想いが大きく働いたようである。
特に、一番激しく廃仏毀釈の嵐が吹き荒れたのは鹿児島だそうで今でも市内には寺院は少ないという。
また、長野県の松本も廃寺・廃仏が徹底して行われたという。  この稿続く
        

yodaさんの投稿 - 14:13:27 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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