"かたくら通信・装束"

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かたくら通信・装束

絶対禁色







天皇が即位されて一連の行事が宮中において行われている様子が報じられている。
このことはめったにあることではないので興味深く見た。
特に印象に残ったのは5月8日に行われた初の宮中祭祀の「期日報告」の儀であった。
天皇が宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)において即位と大嘗祭の期日を報告するのだそうだ。
勿論、その様子を報道されるわけもなくどのように行われるのかも分からないが、陛下と皇后が三殿に向かう様子は映し出された。
その時のお二人の装束の色である。
先ず天皇は黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という色・・・この色について調べてみたところ黄色のかかった茶色または赤みがかった黄色と表現されていた。
テレビの画面を見ただけなのだが、何とも渋く、深い。
言葉で言い表せるような色味ではない。
この色は天皇が退位する時か即位するときの装束にしか使えないそうで、絶対禁色というのだそうだ。
今から1200年ほど前の嵯峨天皇が定めた色で、今の時代まで連綿と伝わってきていることに驚く。
この色は櫨の樹皮と蘇芳から出すのだそうだがもちろん秘伝であろう。
もう一つ絶対禁色として、黄丹があってこの色は皇太子の立太子の礼の時の装束の色だそうだ。
今から30年前に現天皇が皇太子となった時にお召しになっていた。
さて、そこで皇后であるがやはり古式にのっとった衣装をお召しになっておられた。
お召しになっていたのは「五衣」と「小桂」という衣装で五衣は十二単のようである
小桂についてはお召しになっている物のどれをさすのかよく分からなかった。
五衣についてはやはりその色遣いの雅に驚いた。
色としては「萌葱」色なのであろう着重ねて居る一番上の色で見事な配色。
その美意識の高さに伝統を感じ入った。
ただ、古式にのっとった御髪いかにも重そうで、衣装の重さも合わせると10キロぐらいはあるらしい。
御召し物を後ろで支えている女官が2名いたけれど、皇后が歩まれる後を中腰で進んで行く姿に「大変」を思った。
このような儀式が1000年以上も続けられている事はこれも日本文化の継承として大事な事かもしれないと思う。

天皇の退位から即位までの一連儀式を垣間見て気にかかる事が一つあったのでまた機会があったら記しておきたい。


yodaさんの投稿 - 17:41:31 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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