"学びの窓・学級だより"

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学びの窓・学級だより

38年前







昨年3月の中頃に右足の踵を痛めて今に至るまでほぼ週に一度は治療に通っている。
今の状態は足を引きずらなくても歩く事が出来るまでに回復したが、チョット長く歩いたりすると痛みがぶり返す。
原因については定かではないがやはり加齢によるものかもしれない。
治療は整骨院でまず電気のマッサージ器をかけてから体全体を手技によってもみほぐし、さらに痛い個所にテープを貼ってもらう。
治療院はキネシオ整骨院と言って独特のテープ治療が主となっているようだ。
このことについては以前にもブログに書いたけれど、治療師は私が日野6小に勤めていた時の教え子でT君と言う。
T君がよもやまさかその道に進むとは思っても居なかったけれど、ある種の人生のめぐりあわせのようなものかもしれない。
T君を教えたのは、私がそれまで勤めていた町田の鶴川の学校から転任して、6小で初めて持ったクラスで3年生だった。

T君は開院して20年以上たつそうだが彼がこの地で治療している事を知ったのは5年ぐらい前のことであった。
一度だけ近くで会った事はあるけれど、その時はお世話になる等とは思わなかった。
けれど、昨年のこの原因不明の痛みで困っていた時にご近所の方がキネシオが良いと教えてくれて、ならばと通うようになった次第である。
私にはあまり意識はないのだが、やはり1年間であれ先生と生徒の関係は続いているらしく「ヨダ先生」と言われ治療院を手伝っている奥さんにもそう呼ばれる。
治療中は身体の状態のほかに世間話のようなものも交わされるが、今から40年近く前の小学校時代の思い出話となり同級生達の消息を聞くこともある。

小学校の場合はやはり5・6年の担任との思い出が深い。
教師の方にしても5・6年で卒業させるとアルバムを作るのでその後のつながりも結構ある。
けれど3年生の1年間だけの担任となるとお互いの思い出も希薄になり子ども達のことも大半は忘れてしまっているのだ。
それでも治療を受けながら二人のそれぞれの思い出をたどっていくと結構40年前がよみがえってくるのだ。

ところで、一昨日部屋の整理をしていたところ昭和56年4月〜57年3月までの1年間の学級だよりが出てきた。
わら半紙に手書きの原稿を印刷したものだが1号から123号までがホッチキスでとじられていたのだ。
ドンぴしゃりT君達の学級3年2組の便りで、「山びこ」という。




yodaさんの投稿 - 16:47:08 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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