"かたくら通信・心旅"

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かたくら通信・心旅

甲府市立相生小学校







NHKBSで火野正平という俳優が自転車で日本全国を回ると言う番組をやっている。
ちょうど今週から山梨県に入りそのスタートが北杜市長坂であった。
我が山荘からは車で10分程の所にあるスポーツセンタが出発点で録画したのは5月初めで桜の花が満開であった。
1日目の目的地は韮崎市の田園地帯にある小学校だったが中央高速と中部横断道がジョイントしていない頃に身延町切石に行くときに通った道で懐かしい風景だった。
2日目は甲府市内を流れている荒川に掛かっている荒川橋付近で、ここは長姉の嫁ぎ先の近くであった。
ここからは晴れていれば南アルプスの連山が見えるはずだったのだが生憎の曇り空だった。
私の覚えているこの橋はもっと狭く短かったような気がしたのだが、道路が整備されあたりの風景も様変わりしているのに驚いた。
3日目の昨日はナナナンと私の卒業した甲府市立相生小学校だった。
けれど今は児童数減少により統合となって小学校は別の場所に移って名前も変わってしまったそうである。
建物はそのまま残って甲府市の施設となっているようだ。

この番組は視聴者が思い出の場所にまつわる手紙を出してそこを訪ねると言うコンセプトでやっている番組である。
相生小学校の場合は校庭の西側にある大きな藤棚にまつわる想い出が語られていた。
藤棚はかなり大きなものでちょうど藤の花が見ごろで見事であった。
ところでその藤棚は私が通っていた頃はなかった。
私は相生小学校に通ったのは昭和24年から28年まででその頃はまだ戦災の爪痕が残っていて校舎も仮のようなモノだった。
校庭には外地から引き揚げてきた人達の住宅が建っていて、運動場は使えないので近くの工場の焼け跡で運動会をしたことを覚えている。
授業も教室が足りないので二部授業と言って午前・午後と分れていた。
春から夏にかけて天気の良い日は青空教室と称して葭簀で囲って野外で授業をしたこともあった。
昭和28年の卒業の頃には2階建ての木造校舎が出来たようだったが・・・

昨日のブログに書いたおバカな議員のことを思い出した。
戦争は多く命を奪ったり人々の生活を根底から覆すばかりでなく戦後も塗炭の苦しみを背負わなければならないことを忘れてはならない。
戦争によって自分たちの住むところを奪われ追われた人達に向かって「戦争をしないとどうしようもなくないか」と放言した阿保さかげんに改めて腹が立ってきた。

yodaさんの投稿 - 12:51:31 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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