"八ヶ岳南麓だより・版画家"

05 / 24

八ヶ岳南麓だより・版画家

奇遇







大きくため息をついた時、誰かが我が家に向かって歩いてくる足音がした。
めったに人が訪ねてくることなどないのだが・・・
少し間があって、「ごめんください」と、男の人の声がした。
玄関を開けるとそこには私よりもちょっと背の低い同年ぐらいの人が立っていた。
「失礼ですけど、焼物をおやりになっていますか」
直球で聞いてきた。
「ハイ、やっていますが今は休眠状態です」
「私はこの下の方に住んでいるものですが、いつもこの近くを通る時、気になっていたのです。今日はお出でになっていたのでお声を掛けさせていただきました。」
「それはそれは、立ち話もなんですので、おあがりください。
 この下と言うとどのあたりですか」
「お宅を出た所の道をまっすぐに100mほど下ったところです。
 10年ほど前に焼き物がやりたくて移り住んできました」
長い事、京都で中学の数学の教師をしていて、趣味で陶芸教室に通っているうちにどうしても自分で窯を築いてやってみたいと思うようになったのだそうだ。
退職を機にいろいろと土地を探した結果この地を選んだとの事。
土の話、成形の話、釉薬の話などで盛り上がったが、ふとロフトからおろして居間に積んであった版画の箱に眼が止まったようだった。
「陶芸だけでなく絵もお描きになるのですか・・・」
「いやいや,描くのではなくて版画を集めていたのですよ。
 そろそろ身の回りの始末をしなければいけないので整理していたところです。」
「版画ですか・・・私の家のお隣に版画家がいらっしゃいますよ。
 なんだかかなり有名な人らしいのですが、お母さんの介護の為にここに移ってきたのだ そうです。」
「何と言う名前の人ですか」
「カラサワさんと言います唐という字ではなくて木偏の柄という字です。
 私の2年ぐらい 後に移ってこられました。
 ちょうど家から甲斐駒が見えるので気に入って中古の家を買ったようです。」
「下の名前はお分かりになりますか」
「確か難しい字でヒトシと言ったと思います」

身体中を電流が走り抜けるような衝撃を受けた。
間違いない私がその作品をコレクションしている「柄澤齊さん」ではないか。
念のため、10年ほど前に発刊された版画雑誌を出してきて柄澤さんの写真を見せたところ、もう少し年をとっているけれどこの人だと言った。
こんな事があるモノなのか・・・今日の今日、その人の作品について考えている時にすぐ近くにご本人が住んでいるとは。

この後Tさんの案内で柄澤さんに会いに行ったのだがそのことはまた後日。






yodaさんの投稿 - 16:37:45 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック