"かたくら通信・ご近所付き合い"

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かたくら通信・ご近所付き合い

孤立







朝からほとんどのニュース番組が昨日の事件について報じていた。
なんともやりきれない苦い想いだけが溜まっていくようである。
犯人は51歳の男性で伯父夫婦と3人で暮らしていたとの事。
そして幼い時この夫婦に引き取られて育てられたのだそうだ。
近隣の人達の言によると周囲との接触はほとんど無くひっそりと暮らしていたが些細なことでトラブルがあったことも報じられていた。
中学校時代の同級生や担任の言ではおとなしく目立たない生徒だと言うが、それ以降の人間関係について今のところほとんど見えていない。

様々な立場でのその道の先生たちがその動機について推測をしていたけれど、共通して言っていたのは強い意志を持って自死を選んでいたという事だった。
そしてその死に際して周囲を巻き込む形で実行されて「拡大自殺」などと言う聞きなれぬ言葉であった。
ともあれなぜそのような形で死を選んだのか・・・それも幼い子ども達を巻き込む形であるのか、解明させなければならないだろう。
思うのは単なる思い付きや衝動ではなく、計画的に強い決意をもって実行したに違いないという事である。
そして、事件の報を聞いた時の以前に起こった無差別の殺傷事件との類似性だった。
それらの事件では犯人は生きて逮捕されたが、どれも身勝手な理由で世の中に対する恨みのようなものを抱いていた。
今回の事件は犯人が亡くなってしまってその動機の解明は至難である。
けれど、これまでの報道の範囲から推察するにやはり世の中から孤立して何らかの恨みのようなものがあったのかも知れない。

実は今回の報を聞いて自分の身に引きつけたときに、地域から孤立してほとんどその人間像が浮かんできていないことだ。
唯一近隣のご婦人が庭木のことで激しい抗議を受けたことと同じご婦人に対して事件当日に挨拶したことだけだった。
今、自分自身についても一応は住宅地の自治会には加入しているが同じ班と称するくくりの中ではほとんど付き合いはない。
もちろん近隣に親しくしていただいている方はいるけれどかって自分が育った切石や甲府の町のような近所づき合いはない。
結婚して以来、団地生活、そしてこの地域での生活と経てきて隣近所の付き合いの煩わしさのようなものを避けてきたような気がする。
そのツケが今になってめぐってきているようで孤立している自分を感じる時がある。
特に先日タカコサンが金沢旅行に出かけた時に、もし何かが身に起こった時にどこに頼ったら良いかと考えてしまった。
もちろん、息子の所や義弟の所への連絡方法はあるけれど、まずは至近で頼る事が出来る人達との交わりを深めていく必要があると思った。

これは我が家だけの問題ではなく地域全体いや日本という国の持っている今の課題ではないかと思う。
かってあった「ご近所付き合い」の良い所をもう一度見直していく必要があるのではないか。


yodaさんの投稿 - 15:58:51 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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