"好奇高齢者の生活と異見・論争"

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好奇高齢者の生活と異見・論争

大丈夫








今ネット上では登戸での事件を受けて、「死にたいのなら一人で死んでくれ」とテレビのコメンテーターである某落語家の言葉が話題となっている。
彼はこのところいろいろな場面で庶民代表のような立場での発言が多い。
それに対して某NPOの代表で孤立しがちな人達に手を差し伸べている大学の先生が「その様な非難は控えてほしい」と反論した。
追いつめられて孤独な人達が沢山いる世の中で同じような事件を誘発する危険があると言うのだ。

私なんぞも事件の一報を聞いた時に何故幼い子ども巻き添えにしなければならないのか・・・「死にたいのなら勝手に死ねばいい」と思ってしまった。
けれど加害者が自栽してその動機は闇の中になってしまいそうであるが、その人物像が明らかになっていくにつれて見えてくるものもあるようだった。
間違いないのは計画的で世の中に深い恨みを持ち孤立していたという事だ。
感情的には「一人で」という方に加担してしまいそうだがそれでは全く解決にはならない。
ここでは、冷静になって二度とこのような事が起こらないようにするにはどうするか考えなければならないだろう。
そんな時、今朝のニュース番組であるカウンセラーの言葉が心に届いてきた。
彼はハードな仕事で体調を崩し働けなくなって会社から馘首を言い渡された。
そしてその時、人事担当から「自殺なんかするなよ」と冗談めかしに言われたという。
そこで彼はその担当を含めて会社の人間に対して強い殺意を持ったと言う。
しかしそれを思いとどまったのはあるカウンセラーの一言「会社を辞められて良かったね。」
辞めさせられるという負に対してそれを肯定され憑き物が落ちたようになったという。
「新しい仕事に就く事が出来る」という励ましを感じたのだそうだ・・・そして「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
彼は孤立無援と思っていたところで「大丈夫」の手を差し伸べられて立ち直り自分と同じような想いをしている人の助けになるようにカウンセラーの仕事を選んだという。

実は私も「大丈夫」という言葉にどんなに助けられた事か・・・
至近の昨日の病院でのことも・・・シャントを付けると言われた時にとうとう来てしまったかと・・・ある意味では絶望的な気持ちになった。
けれど、「大丈夫ですよ慣れれば普通の生活ができます」と担当医が言ってくれた。
他人に透析の事を話すと「それは大変だ」と言われる事が多い。
けれど、言ってるご本人はその大変さを体験しているわけではないのだ。

「大丈夫」と言う言葉が何かヒントになるのではと思った。
yodaさんの投稿 - 17:00:06 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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