"季節だより風だより・父と子"

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季節だより風だより・父と子

事件








また痛ましい事件が起こってしまった。
大阪吹田の拳銃強奪事件である。
またと書いたが、つい先日起こった高級官僚の息子刺殺事件とどこか似通ったものを感じるからである。
どちらも息子たちが大人になりきっていないように感ずるのだ。
事件の質は全く違うけれど親たちはどちらも社会的な上位の地位にある人達だ。
拳銃強奪事件の容疑者の親子関係についての詳細は分からないが息子の高校以後の遍歴を見ているとそのあがきのようなモノが伝わってくる。
もちろん犯した罪については寸毫の同情はないけれど父と子の関係が透けて見えてくる。
高級官僚の子息は殺されてしまったわけだが家庭内暴力や父親に対する愛憎などが伝わってきてこれまた切ない。

実は私も同じような想いになった事が何度もあったのだ。
なまじ父が社会的な地位にあったためにそれをどのように乗り超えるのかが一生のテーマだったような気がする。
私の場合は「医者になる」ことが課せられた事のようにいつもぶら下がっていたのだが、到底自分の能力では無理である事が分かっていた。
そして、小学生の時からそのことを強いられた。
けれど、成長するにしたがって父にも私には能力がないことがわかってきたようだが何が何でもという気持だったようだ。
そこで出された条件は医者になるなら学費は出すが、ならないのなら自己でナントカせよ。
結局私は後者を選び本当に援助はなしで教師の道を選んだのだが・・・
そこに至るまでお互いに葛藤があり、一歩間違えば事件性のあるところまで発展したかもしれなかった。
私が踏みとどまる事が出来たのは、まずは私にはシェルタ―があった事だ。
父の代わりに育て育んでくれた叔父が居たこと。
長じては良き友達がいたことである。
もう一つ付け加えると「本」がいつも身近にあった事。

父親に対してはある意味では絶対に逆らえないと思っていた。
それは戦争という死線をくぐりぬけて生き抜いてきた人である。
右の背中から肩に抜けたという銃創の痕を見せられた時、畏敬の念を覚えた。
とても知力、胆力で戦いを挑んでも勝ち目はないと思ったものだ。
私の一生はいかにして父親を乗り超えるかだったように思うが此処に来ても壁は厚く高い。
けれど超えられなくてもそれはそれ父のお陰で頑張れた人生だったと思う。

yodaさんの投稿 - 16:47:55 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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