"眩暈食品館・炒飯"

06 / 22

眩暈食品館・炒飯

栄華楼







朝は薄日が差していたが予報通り降り始めた。
梅雨独特の蒸し暑さよりも「梅雨寒」に近く、サマーセーターを出して羽織っている。
朝食を終えてからほとんど自室にこもりっきりで夢と現の間を行き来していた。
お昼は一応食べたがほとんど食欲がなく、無理やりのようにインスタトラーメンを作り一人前をタカコサンと分けあって食べた。
そして午後も降る雨を眺めながらぼんやりと過ごしている。
無理に何かをしようとするよりもこんな時間の過ごし方も悪くはない。

と、ラーメンを食べたからというわけでもないが、60年も前に食べた栄華楼の中華そばの事を思い出した。
栄華楼とは甲府の我が家の近くにあった中華屋さんである。
我が家は今の番地で言うと中央4丁目でそれ以前は柳町と言っていたが、通称は「村松新道」という車のすれ違いも出来ないような通り抜け100mほどの通りにあった。
村松新道とは村松さんという大金持ちが開いた道筋で、ここには主に飲食店が多く並んでいてそのほかにも一応生活に必要な店もあった。
ちょうど新道の真ん中あたりに我が家はあって産婦人科を開院していたが町のお医者さんの役割もしていた。
飲食店と書いたが、とんかつ屋、洋食屋、中華屋、すし屋、鰻屋、小料理屋、それにちょっといかがわしい飲み屋などもあった。
我が家の隣は甲府でも有名な割烹旅館だった。
どの店も電話一本で出前をしてくれるので忙しい時には利用したものだ。
なかでも一番多く出前を取ったのは「栄華楼」のラーメンだった。
実は味の印象としてはまた食べたいと思うほど強く残っているわけではないのだが上に載せてあるチャーシューは本格的だった。
肉の表面が紅で染めてある横浜の中華街などで売っているモノと同じやつだ。
そして、ラーメンはそれほど美味しいとは思わなかったけれどこのチャーシューで作った炒飯が絶品であった・・・めったに取ってもらえるわけではなかったが、あの独特の皿の上にこんもりと盛られていたあの匂いとその色・・・ご飯が紅色に染まっていた。
香ばしい葱の香りと、卵の黄色、それにナルトを刻んだものも入っていた。
炒飯の命であるパラパラ感はやり親父さんの腕だろうと思う。
店で食べると中華スープが添えられてくるのだが、ラーメンはまずいのに何でスープだけは美味しいのだろうと不思議に思ったものだ。
もちろん今は店はない村松新道そのものが新しい道路建設の為に寸断されてしまっている。

出来るならあの炒飯はもう一度食べてみたいと思うのだが・・・幻。

yodaさんの投稿 - 16:31:01 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック