"八ヶ岳南麓だより・版画コレクション"

08 / 03

八ヶ岳南麓だより・版画コレクション

経緯







私が版画のコレクションをしていた事についてはすでに何度か書いたように思うがここでもう一度その経緯を記しておきたいと思う。
まずはそのきっかけであるが今から45年ほど前に勤めていた町田市の鶴川の小学校で同僚だった坂東さんのご主人が版画家だった。
あるときご主人(坂東壮一さん)が銀座の画廊でするので、個展の案内をいただいた。
絵を観るのはもともと好きだったが、画廊などという所に足を運ぶのは初めてだった。
シロタ画廊といって銀座の松坂屋(今はもうないが)の裏通りのビルの地下だった。
そこは異空間でその会場にも作品にもすっかり魅せられてしまった。
そして当時の小遣いで買える範囲の小品を一点だけ求めた。
それから画廊との長い付き合いが始まり、月々の個展ごとの案内を戴くようになった。
けれどしがない小学校教師のサラリーで作品を買うなどたやすい事ではなかった。
そこで一計を案じて月々一定の額を画廊の口座に振込み、気に入った作品に出会った時に買い求めることで画廊主と話を付けた。
よくしたもので毎月の積み重なりで一年ぐらい経つと版画のシートなら数点は買えるようになったのだ。
それから原稿を書く仕事などが舞い込むようになりいくばくかの余裕も出てきた。
コレクションの始まりは坂東壮一作品であったが坂東さんは寡作で個展は数年に一度ぐらいしか開かれなかった。
そこで坂東さんと同じような作風の柄沢斎さんに出会った。
坂東さんは銅版画であったが,柄澤さんは木口版画だった。
しかし、その描く世界は共通のものがあり、いつの間にかコレクションは坂東作品から柄澤作品へと移っていった。
今ある私のコレクションの3分の2は柄澤作品である。
かなりの大作もあって彼の40代から60代にかけての作品はかなり持っている。
実は作品数を数えたことがないのだが小さな版画美術館を開くくらいはあるかもしれない。
それらの作品は大体2ヶ月に一度ほど架け替えをしている。
八王子の家のリビングの壁にピクチャーレールをしつらえてあって作品を6点から10点ほどは掛けられる。
山の家にも壁に鋲が埋め込んであってこちらにも10点ほどは展示できる。

しかし、寄る年波でこの数年絵の架け替えも億劫になってきている。
また、私が居なくなってから作品群をどうするかも直近の課題である。
5月半ばに処分について画廊に来てもらったが、せっかく蒐集した作品が散逸する恐れもあるのでこの夏中ぐらいには目途を付けたいと思っているのだが・・・
yodaさんの投稿 - 17:31:14 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
コメント
コメントはありません
コメントを追加
このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。
トラックバック