"八ヶ岳南麓だより・ご縁"

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八ヶ岳南麓だより・ご縁

羊羹話







5月半ばに蒐集してきた作品の処置のために甲府の画廊の主人と会ったことを書いた。
そして、その日に偶然コレクションの大半を占めている木口版画作者の柄澤さんが我が山荘のすぐ近くに住んでいることを知った。
まさに奇遇であった・・・軽々に作品を処分するなど思わぬほうがよいという啓示のようにも思えた。
柄澤さんとは特に面識があるわけではなかったが、銀座の画廊で個展の折に2度ほどお会いしたことがあった。
あちらは覚えているかどうか・・・それでもと思い、ご近所と分かった日にお宅にお訪ねしたが、一応私がコレクターであることは覚えていてくれたようだった。
その時はご挨拶だけにしてまた日を改めてお訪ねすると約した。
それから私の方は入院騒ぎなどあって山の家にも来られなかったが、今回を期に改めてお宅を訪問した。

柄澤さんがこの地に居を移したのは今から7年半ほど前でお義母さんの介護で住みやすい所として選んだのだそうだ。
以前は町田の野津田に住んでいたが、そちらは子どもさん達に譲っての移住だったようだ。
この地が気に入ったのは夏の涼しさと風光明媚なこと・・・柄澤宅からは正面に富士山が見えて右手には南アルプスの山々が望める。
特に大好きな甲斐駒が岳をみることが出来るので一目で気に入ったという。
実は町田の野津田というところは私が勤めていた鶴川に近く、また八王子に居を移す前に住んでいた藤の台も近くであった。
なんとなくご縁があったのだなぁ・・・と思った。

そして、その出身を聞いた所、日光だそうだ・・・それも市内でご両親は東照宮の近くで旅館を営んでいてその地で育ったそうだ。
日光と言えば私にとっては思い出の地である。
東京都の教員をしていて高学年を受け持つと6年生の移動教室(修学旅行)は必ず日光であった。
私は担任として子どもを引率したり、他学年に付き添いしたり、実地踏査といって事前の下見など含めると20数回は訪れている。
そしてなんと言っても忘れられないのはお土産の羊羹だった。
日光には何軒モノ羊羹屋があるのだが市役所の近くに「菱屋」という店がありここの羊羹が絶品であった。
その日に売る分しか作らず製法も餡から煮て舟に流し込んで固め、竹の皮に包んで売っていた。
一人一本しか売ってくれず頑固にその商売を守っていた。
私は日光に行くと必ずその一本をゲットしてきたのだが・・・
先年店を閉じてしまったという。
私の中では羊羹と言えば菱屋で、空前絶後。
この話を柄澤さんに話したところ、なんとご実家は菱屋の裏手だったそうで、頑固親父の事も覚えているとのことだった。

これもご縁ではないか・・・・



yodaさんの投稿 - 18:06:28 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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