"かたくら通信・台風"

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かたくら通信・台風

反戦画







今夜こそはちゃんとした睡眠を取り戻そうと床に入ったのが11時だった。
昨日は一日うたた寝をしないように頑張ったのでストンと眠りに入れる気配があったのだが、この辺りから外の風雨がすさまじく吹き荒れ始めた。
この地に引っ越してきて40余年となるがこのような雨、風は初めてかもしれない。
とてもとても眠りに落ちるどころではない。
まんじりともせずという表現がピッタリで身をすくめて自然の猛威をやり過ごすしかない。
でも、何かせねばと床から這い出してもう一度戸締りを確認し、ヤカンやポットに水を汲み置きし、停電に備えて懐中電灯を点検した。
まだまだ夜は長い・・・そこで無理して眠ろうとするよりも開き直った方が良い。

実は昨夜の「新日曜美術館」で取り上げた日本画家のことが気になっていた。
小早川秋聲で浄土真宗の僧籍があり日本画家でもある。
彼が有名になったのは従軍画家として戦地に赴き沢山の作品を残したことと、戦争末期に陸軍から依頼を受けて絵を完成させたが受け取り拒否された事。
その絵は「国之楯」という題で日本兵の遺体を描いている。
塗りつぶされた黒をバックに顔を日の丸でおおい軍装した姿が横たわっている。
当初は「軍神」という題で黒のバックではなく桜の花びらが描かれていたそうだ。
けれど死体がモチーフなので軍部に受け取りを拒否された。
戦後になって桜の花びらを消して黒く塗りつぶし題名も替えた。
この絵は以前どこかで見た記憶があったのだが、題名が軍紳から「国之楯」に変わり桜が黒く塗りつぶされた事は初めて知った。
いずれにしても戦意高揚のはずの戦争画も戦争末期ともなると変化してくるのか・・・それともこの画家の軍部への抵抗だったのかその所は分からない。

そこで戦争にまつわる絵について調べて見たくなった。
国之楯と同じような画題で「軍人の妻」という絵を思い出した。
こちらは日露戦争の頃の絵で作者は満谷国四郎。戦争で亡くなった夫の遺品をささげ持っている妻の肖像で、その遺品は軍刀と軍帽である。
こちらもバックは黒で遺品をささげ持った夫人は喪服で伏せ目がちに立っている。
息をのむような美しいご婦人である。
哀しみに耐えたその表情からいろいろな事が想起される。
そして、良く絵を見ると右の眼からかすかに涙が一滴流れている事が見て取れる。
満谷は明治時代に活躍した洋画家だそうだが、この絵は見事な反戦画と言えよう。

外はいつ止むともしれぬほど風と雨とが吹き荒れている。
しかし、この絵を眺めながら心が落ち着いていくように思えた。

yodaさんの投稿 - 17:32:40 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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