"かたくら通信・伊勢屋"

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かたくら通信・伊勢屋

残念・無念







「火事喧嘩伊勢屋稲荷に犬のクソ」と江戸時代に江戸市中に多いものとして伊勢屋は有名であるが、令和の時代になってもこの屋号は至るところで見かける。
特に八王子の北野店のように和菓子や圧倒的に多いのは何故なのだろうかと疑問に思った。
タウンページで和菓子店の項目で調べると伊勢屋を名乗る和菓子店は東京都に105軒あるそうだが、やはりこれは多いと言っていいだろう。
わが故郷の甲府にも私が住んでいた昭和20〜30年代に知っている限りで3軒はあった。
これが和菓子店だけでなくいろいろな職種に広げればもっと多いはずである。
一般的に考えれば江戸に出て商売する人たちの代表的な出身地は近江、大阪、伊勢(松阪)などでその出身地を冠するのは自然であろう。
けれど伊勢屋はその中でも断トツに多く、どうやら伊勢出身で無い人もこの屋号を名乗った節がある。
それについては諸説があるようだが江戸時代に流行した「お伊勢参り」と関係があるのではないか・・・特に伊勢の御師が伊勢神宮のお札を配り歩くのでその名にあやかろうとした。
それにしても、伊勢屋の屋号で和菓子屋が多いのは何故かと言うと、伊勢の名物の餅菓子の「赤福」と関係しているという説。
赤福のような美味しい菓子を江戸でも売りたいと言う事で伊勢屋を名乗った。

伊勢屋の暖簾分け説もあって・・・実際に伊勢屋睦会という会があり商標登録もされている。
この会は本郷の赤門の近くにあった「伊勢屋」が始まりでこの店で修業した人たちが暖簾分けしてもらってチェンーン店のような組織を作っているらしい。
今もその本郷の店があるのかどうか分からないが伊勢屋を名乗る和菓子店の商標で○に米の入っているのを観た記憶がある。
私が知っている伊勢屋で共通しているのはそれぞれ庶民的な店構えで売られている商品も誰もが口に出来そうなリーズナブルなものである。
そしてまた、和菓子のほかにみたらし団子、焼団子、あんこの団子が売られている。
その他にも、稲荷ずし、巻ずし、赤飯などが並べてある。
暮れになるとチン餅もうけてくれて大小のお供えも作ってくれる。
茶道で使うような上品でバカ高い和菓子などはなく、あくまでも庶民の味方だ。

北野駅前の伊勢屋が店を閉めたのは本当に突然のことだった。
けれどその兆候はあって今年になって定休日が火曜日・水曜日となった。
それとなく店番をしている人に聞くと八王子の本店の方で人手が足りなくなって製造が間に合わなくなってきた・・・と言っていた。
ともかく、残念無念である・・・
もう一度言うが、また一つ昭和の灯が消えてしまったようである。







yodaさんの投稿 - 17:20:49 - カテゴリー: 依田先生の徒然日記
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